ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』人物事典56(47人目)

 

~スメルジャコフ(前半)~

 

 

 生い立ち

・スメルジャコフ…リザヴェータの子。母から「神がかり」の象徴である癲癇を受け継いでいる。父はおそらくフョードルなので、父称はフョードロヴィチとなった。グリゴーリーとマルファに育てられたが、「いっさいの恩を感じることなく」、人嫌いの少年に成長した。傲慢といってよい性格の持ち主で、すべての人を見下しているようなところがあった。料理番として屋敷で働いている。コーヒー、パイ、魚スープが絶品。フョードルが寝る(三時から四時ごろ)まで一緒に部屋に居残って、そのあと玄関にある長い櫃の上で寝る。【⇒第3編:女好きな男ども2 リザヴェータ・スメルジャーシチャヤ】 

 子どものころ、猫をしばり首にして、葬式のまねごとをしたのをグリゴーリーに見つかって、大目玉を食らった。グリゴーリーの、「おまえは人間じゃない、しけた風呂場から沸き出たちんけなやつ、それがおまえなんだよ」という言葉を、決して許すことができなかった。

 十二歳になったスメルジャコフに、グリゴーリーが聖書の授業を始めたが、にやりと笑って屁理屈を言ったので、グリゴーリーが強烈なびんたを一発見舞った。その一週間後、てんかんの症状が現れた。これをきっかけに、それまでスメルジャコフに無関心だったフョードルが、急に親身になって世話をやくようになった。発作は月に平均一回おとずれた。

 十五歳になったスメルジャコフが、本棚のまわりをうろうろしているので、フョードルが「自由に読んでいいぞ」と小説を渡したが、「書いてあることはぜんぶでたらめです」と言って、薄笑いを浮かべた。まもなくひどい潔癖が頭をもたげ出した。スプーンでスープの中身を調べたり、光にかざしたりする。それを聞いたフョードルは、ただちにスメルジャコフを料理人にすることを決め、モスクワへ修業に行かせた。数年後にもどってきたときには、異様なくらい老け込んでいた。モスクワでも沈黙を押しとおしたが、帰郷したときには、上等な身なりをしていた。料理人としての腕は確かで、ヒョードルは俸給を決めたが、ほとんどを衣服やポマードに使った。女性を男性同様に軽蔑している様子で、フョードルに結婚相手を世話してやると言われても、返事をしなかった。語り手は、スメルジャコフを、心に印象をためこむ瞑想者であると言う。【⇒第3編:女好きな男ども3 スメルジャコフ】

 

 1日目夕方

 スメルジャコフ:「ちっとお待ちください、グリゴーリーさん」

 グリゴーリーが、信仰を捨てなかったため、迫害者に皮をはがれた受難者の話をすると、薄ら笑いを浮かべる。グリゴーリーは激昂するが、「卑怯者につきましたはちょっとお待ちください、グレゴーリーさん」「へぼ料理人につきまして、ちょっとお待ちください。」「まあ待ってください、グリゴーリーさん、ほんの少しのお時間でけっこうですから、続きを聞いてください。」と、小バカにした調子でくり返した。迫害者に責められ、「自分はキリスト教徒ではない。神を呪っています」と言えば、すぐさま神の裁きにより破門され、異教徒になるわけだから、死後の世界での、キリスト教徒としての責務はなくなる。たしかに、棄教することで、責務や罪がなくなる反面、救いもなくなる。しかし、後悔の涙を流せば神は、寛大に許してくれるはずだ。なぜなら、聖書には、信仰を持てば、「山よ動け!」と言えば、海まで山を動かせるとされているが、現実には、一人・二人の隠者を除いて、山を動かせないような不信心者ばかりだ。そのすべてを神が罰するとは思えない。自分の信仰が正しいものなら、迫害者にせめられたとき、山が迫害者を押しつぶしてくれるはずだ。しかし、動いてくれないということは、自分の信仰は正しいと認められなかったということだ。「どうしてぼくは特別に罪深いことになるんです、この世にもあの世にも利益や褒美が見つからず、せめて自分の皮膚を守ろうとすることが?」。【⇒第3編:女好きな男ども7 論争】

 

 1日目17時半

 乱入してきたドミートリーを、グリゴーリーと一緒に止めようとして玄関でもめあったが、止められなかった。広間で、ドミートリーがグリゴーリーを殴り倒されたとき、フョードルにぴたりと体をおしつけて、真っ青な顔で震えていた。ドミートリーが去った後は、割れた花瓶の片づけをした。【⇒第3編:女好きな男ども9 女好きの男ども】

 

 2日目14時

 アリョーシャが隣家の庭にかくれて、ドミートリーを待っているとき、隣家の娘マリアと密会を始めた。「すっかりめかしこみ、わざとウェーブをかけた髪をポマードで固め、エナメルのショートブーツをはいていた」。「自分でギターを伴奏しながら、甘ったるい裏声で流行歌を口ずさむ」「テノールも品がなければ、節回しも品がない」。母(リザヴェータ)の悪口を言うやつは、「決闘場に呼びだしてぶち殺してやりますよ」と威勢がいい。しかし、実際に決闘になったら逃げないのかというマリアの問いには答えず、「最後の一節を裏声で切々と歌い出した」ら、隠れていたアリョーシャがいきなりくしゃみをした。ドミートリーの行方を聞かれて、知らないと小ばかにしたように答えた。アリョーシャに敵意がないことを見て取ると、「ひとつだけ、お教えできます」と言って、イワンがドミートリーを「都(ドミートリーがスネリギョフを引きずり回した居酒屋)」に誘ったことを伝えた。【⇒第5編:プロとコントラ2 ギターを抱えたスメルジャコフ】

 

 2日目夕方

 スメルジャコフ:「若旦那さま、どうしてチェルマシニャーには行かれませんので」

 イワンが帰って来たとき、ベンチから立ち上がって、左目を閉じてウィンクした。イワンが横に座ると、「若旦那さま、どうしてチェルマシニャーには行かれませんので」と、なれなれしげにほほえんだ。そして、「ぼくの立場はおそろしいものでして、イワンさま、どうしたら自分が救えるか、見当もつかないありさまです」と言って、明日、きっと長い癲癇の発作が起きるだろうという。仮病を使うつもりだなと言うイワンに、「自分の命を死からすくいだすために用いる手段なわけですから、こちらとしては当然の権利ということです」と答えた。イワンはドミートリーの脅しなんか、かっとして口走っただけだというが、スメルジャコフは「ハエみたいに殺されてしまいます。このぼくがまっさきに殺されます」と言い、ドミートリーがフョードルを殺した場合、「ぼくがあの方の共犯者とみなされはしないか」を心配していると言った。そして、ドミートリーに秘密の合図(ドアを五回ノックする)を教えてしまったこと、グリゴーリーもマルファも薬用酒を飲むので、明日は起きてこないことを伝えた。そして、金に困っているドミートリーが、寝室に三千ルーブルあるということだけでなく、もしもグルーシェニカとフョードルが結婚してしまうと、遺産も入ってこないことを知っているとも言った。イワンがチェルマシニャーに行きさえすれば、フョードル殺害の舞台が整うことになる。「そううまく重なるよう、自分から仕組む気でいるんだろ?」と叫ぶイワンに、「すべてはドミートリーさま一人、あの方のお考えひとつにかかっています」と言う。明日の朝モスクワへと発つと言うイワンに、「それがいちばんでございます」と、覚悟していたように相槌をうった。スメルジャコフの顔には、「異様なほどの関心と期待の色」があらわれ、「おどおどしてこびへつらうような表情」が浮かんだ。【⇒第5編:プロとコントラ6 いまはまだひどく曖昧な】

 

 3日目朝

 

 スメルジャコフ:「賢い人とはちょっと話すだけで面白いと世間で申しますのは、ほんとうなんですね」

 チェルマシニャーに行くと告げるイワンに、「つまり、賢い人とはちょっと話すだけで面白いと世間で申しますのは、ほんとうなんですね」と、きっぱりした口調で言った。イワンが去って二時間後、癲癇の発作を起こした。スメルジャコフの予言通り、グリゴーリーの腰が立たなくなり、寝たきりとなった。ここで、スメルジャコフが今朝、フョードルに、「(グルーシェニカが)今日ぜひともうかがいますとお約束なさいました」と伝えていたことが明らかになる。これで完全に舞台は整った。【⇒第5編:プロとコントラ7 賢い人とはちょっと話すだけでも面白い】

 

 3日目深夜

 事件の夜、癲癇の発作で悲鳴を上げていた。その声を聞きつけたマルファが、倒れていたグリゴーリーを発見し、亡くなったフョードルの第一発見者になった。発作がおさまらず、口から泡をふいていた。【⇒第9編:予審2:パニック】

 回想:イリューシャと仲良くなり、番犬に釘を刺したパンを投げれば、どういう結果になるか見てやろうとそそのかした。【⇒第10編:少年たち4:ジューチカ】

 「あいつはちゃんと神さまが殺してくれる、いいか、見てろ、いや、何もいうな!」 byドミートリー【⇒第11編:イワン4:賛歌と秘密】