ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』人物事典48(36人目)

 

~コーリャ・クラソートキン(序・前半)~

 

 

 コーリャ:「それにしてもしゃくなのは、背がこんなに低いってことだ」

 少年たちのリーダー。「それにしてもしゃくなのは、背がこんなに低いってことだ」。鏡を見るたびに、「これって、まるきりしし鼻じゃないか、ほんとうに」と内心つぶやき、憤然とした思いにかられる。年齢を聞かれるのが大嫌い。ニコライという名前も陳腐で嫌い。物ごころつかないうちに父を亡くした。母親が過保護なので、「ママっ子」とひやかされるが、勇敢で「めっぽう強いやつ」だったので、一目置かれるようになった。学校の成績も良く、算数と世界史は教師ダルダネロフにも負けないとのうわさ(ダルダネロフは、コーリャの母親のことが好き)。ひどく自尊心が強い。母親さえも自分のいいように屈服させ、暴君のようにふるまっている。母親を愛していたのだが、「猫っかわいがり」だけはごめんだ。読書好き。

 

 鉄道事件

 夏休みに、遠縁の夫人の家に泊まりに行ったとき、駅の構内に住む少年たちと仲良しになり、賭けをした。深夜11時の列車が通過するときにレールのあいだにうつぶせになり、列車が通り過ぎる間、身動きせずにがまんするというものだった。年上の仲間から見下されていたことを、もちまえの自尊心が許さず、耐えがたいほど悔しかった。「離れろ、レールから離れるんだ!」と、少年たちはコーリャに叫んだが、時すでに遅し――列車は全速力で通過していった。少年たちがいっせいにコーリャのそばに走りよると、彼は身動きせずに横たわっていた。少年たちには、きみらを驚かすために、わざと気を失ったふりをしたんだと言ったが、あとで母親に本当に気絶していたと白状した。「命知らず」の評判が、ついてまわることになる。

 鉄道事件のあと、ママがヒステリーを起こすと、すっかりおじけづいて、もうあんな悪ふざけはしないと立派な誓いを立てた。「向こう見ず」なコーリャも、「感極まって」五つか六つの子どものように泣きじゃくって、母子はその日まる一日、ひしと抱き合いながら、体を震わせて泣き通した。また、鉄道事件以降、ダルダネロフが母に近づこうとしていることに、あてこすりを言ったりしなくなった。【⇒第10編:少年たち1:コーリャ・クラソートキン】

 

 

 公判前日

 コーリャ:「しばらく君たちのお守りをするしかないな」

 隣家の女中カテリーナが急に出産することになり、子どもたちのお守りをしなくてはならなくなった。コーリャは「ちびども」が大好き。姉弟が、カテリーナの赤ちゃんがどこから来たのかを話し合っているので、「君たち、どうやら、要注意人物らしいな!」とからかった。イリューシャのところへ行きたいので、「じゃあ、ちびども、出かけてもいいかな、どうだい? 心細くて泣いたりしないよね」と問うと、「泣い、ちゃう、よ」とコースチャが、今にも泣きそうな声で言い、「泣いちゃう! ぜったいに泣いちゃう!」と、ナースチャもおずおずと早口で言ったので、「ねえ、子どもたち、君たちの年頃って、ほんとうに要注意だもんね。どうしようもない、ひよっこさん、しばらく君たちのお守りをするしかないな」とあきらめた。大砲のおもちゃを見せたり、犬のペレズフォンに死んだふりをさせたりした。女中のアガーフィアが帰って来たので、お守りをまかせて、でかけた。【⇒第10編:少年たち2:子どもたち】

 

 コーリャ:「ジューチカは闇の彼方に消えたのさ」

 イリューシャのところへ向かう。呼子笛を吹くと、木戸からスムーロフが現れた。スムーロフは、ペレズヴォンがジューチカと瓜二つだとはやくから気づいていたが、コーリャは、「ジューチカは闇の彼方に消えたのさ」と言い張った。だれにも内緒で「すばらしく訓練されたジューチカを披露する」というアイデアに夢中になっている。また、他の少年たちのように、アリョーシャに引っ張られてイリューシャのところへ行くのではなく、自分の意志とタイミングで行くことにこだわっている。「カラマーゾフって、ぼくにはやっぱり謎なんだな」と、ドミートリーやアリョーシャがイワンに言ったのと同じことを言う(イワンは最も強くカラマーゾフを体現している)。そして、ラキーチンの影響を受けて、「ぼくはね、社会主義者なんだ」と言ったりもしている。

 

 コーリャ:「あんな賢い百姓にでくわすとはね、思いもしなかったな」

 百姓マトヴェイをからかい(適当に名前を言ったら当たった)、「民衆と話すにはな、ちゃんとこうわきまえる必要があるのさ」などと、生意気なことを言う。

 次に、物売りのマリアをからかう(適当に名前を言ったら当たらなかった)と、「ちびのくせに、生意気な!」と言われてしまう。

 つづいて、いきなりこぶしを振り上げて商人の男が「お前を知ってるぞ!」と脅しに来たので、「トリフォーン・ニキーチチ」の名前を出して混乱させ、「サバネーエフを知ってるか?」としつこく問い、知らないなら話にならないと、あきれたように足早で歩き出す。男は、「おい、おまえ、どこのサバネーエフだ」とわれに返って叫ぶが、市場の女たちは笑っている。男が、ようやくかつがれたことに気づいたときには、コーリャは勝ち誇ったように、遠くを歩いていた。

 さらに、「わたしはばかです」って顔に書いている百姓に、「やあ、こんにちは、お百姓さん!」と声をかける。「ああ、こんちは、ふざけてるわけじゃなかんべ?」「もし、ふざけてたら?」「ふざけてんなんら、勝手にふざけてりゃいいさ。なあに、かまうもんか」「悪かったね、じつはふざけてたのさ」「なあに、神さまが許してくれるさ」「でも、きみは許してくれるのかい?」「ああ、いくらでもな。さあ、行きな」「ほう、きみって、どうやら百姓でも頭がよさそうだね」「あんたよりもな」「そうかな」「嘘は言わんさ」「きっとそうかもしれないね」「いや、そうだとも」「じゃあ、お百姓さん、またね」「あばよ」。しばらく沈黙して、コーリャは「あんな賢い百姓にでくわすとはね、思いもしなかったな。ぼくは、民衆たちの知恵ってやつを、いつでも認めてやる気なのさ」と言った。そして、イリューシャの家の二十歩手前まで来て、アリョーシャを呼んでくれとスムーロフに頼んだ。十一時半になった。【⇒第10編:少年たち3:生徒たち】