ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』人物事典45(34人目)

 

~グルーシェニカ(モークロエ後半)~

 

 

 グルーシェニカ:「この人となら、たとえ死刑でも喜んで受け入れます」

 

――歌声も急に止み、歌や酔っ払いの騒ぎのかわりに、屋敷全体をとつぜん、死のような沈黙が支配した。

 

 目を覚ましたグルーシェニカに、ドミートリーはキスの雨を降らすが、グルーシェニカは、「自分の顔ではなく、まっすぐ前方を、自分の頭ごしに、しげしげと、不思議なぐらい身じろぎ一つせず、見つめている」。そして、ほとんど恐怖に近い表情で、「ミーチャ、あそこからこっちをのぞいているの、だれ?」とささやきかける。

 跳ね起きたドミートリーが、カーテンの外に歩み寄ると、そこには、警察署長ミハイル・マカーロフ、検事補、予備判事、分署長マヴリーキー、さらに、カルガーノフとトリフォーンがいた。ドミートリーは「老人のことですね!」「老人と血の件ですね……わかりました!」と夢中で叫ぶ。マカーロフは、「親殺しの人でなしめ、年とった父親の血が、あんたの背中でおうおう嘆いとるぞ!」ととつぜん吼え立てるので、予備判事と検事補があわてて止めた。そして、予備判事が「あなたは、昨夜起きた、あなたの父親、フョードル・カラマーゾフ殺害の容疑をかけられています」と言ったが、ドミートリーは「何を言っているのか、理解できなかった」「彼はふしぎそうな目で、まわりの一同を眺めわたしていた」。【⇒第8編:ミーチャ8 うわ言】

 グルーシェニカは、「わたしのせいで彼(=ドミートリー)が殺したんです! わたしがそれほど彼を苦しめたんです。あの亡くなったかわいそうな老人も、わたしが原因です。わたしが張本人です」と叫び、「わたしも一緒に罰してください、この人となら、たとえ死刑でも喜んで受け入れます!」と言った。ドミートリーは、「グルーシェニカ、ぼくの命、ぼくの血、ぼくの宝!」と言って強くグルーシェニカを抱きしめたが、すぐに引き離された。

 グルーシェニカは小さな部屋に隔離され、マクシーモフとふたりっきりでいたが、「ああ、もう、悲しくてやりきれない!」と叫んで、いきなり部屋を飛び出し、愛するドミートリーのもとへ駆け出した。ドミートリーも、彼女の嗚咽を聞いて、一目散に走り出したが、取り押さえられた。再び隔離された。マカーロフを介したドミートリーへの伝言が、捜査を新たな段階へと進ませた。【⇒第9編:予審3:第一の受難】

 

 グルーシェニカ:「主よ、あなたに栄光が賜りますように!」

 尋問の場には、マカーロフがじきじきに連れて行った。「ひどく青ざめていて、寒気がするらしく、美しい黒のショールでぴったりと体をつつんでいた。事実、彼女はそのとき、軽い悪寒がはじまっていた。それは、この夜からその後耐えなければならなくなった、長い病の始まりだった」。

 尋問では、落ち着き払った物腰で、一同に好ましい印象を与えた。ドミートリーについて、「わたしの知人でした、知人としてこのひと月、彼と接してまいりました」「ときどきは好きになることがあったけど、愛してはいなかった」「彼をたぶらかしたのは自分の下劣な憎しみのせいだった」「フョードルのもとには、いちどとして行く気になったためしはなく、たんにからかっていただけだ」と話した。

 三千ルーブルについては、ドミートリーから直接聞いたと証言した。さらに、「自分の父親の命をうばってやる、などと口にされたことはありませんか?」と問う。グルーシェニカは「ええ、ありましたよ!」とため息をついた。ネリュードフが、「で、彼がそれを実行すると信じておられましたか?」「いいえ、いちども信じたことなんてありません!」と答えた。

 ドミートリーが、「みなさんのいる前に、アグラフェーナさんに、ひとことだけ言わせてください」「どうか、神様とぼくを信じてください。昨日殺された父親の血に関しては、ぼくは無罪です!」と言って、腰をおろした。グルーシェニカは、うやうやしく聖像に十字を切り、「主よ、あなたに栄光が賜りますよう!」と熱のこもるしみじみとした声で言った。

 

 グルーシェニカ:「さようなら、あんたは、無実の罪に、自分をほろぼした!」

 「この人、思ったことをなんでも口にしてしまう人なんです。人を笑わせるためだったり、頑固なせいだったり。でも、良心に恥じることなら、ぜったいに嘘はつきません。真実をそのまま、はっきりと言います。それを信じてください!」と言った。ドミートリーも、「ありがとう、アグラフェーニャさん、これで生きた心地がしてきた!」と言った。グルーシェニカは放免となり、予備判事ネリュードフは、いますぐにでも町にもどって結構だと言った。そして、自分が付き添ってもいいと熱意を示したが、ドミートリーのことが片付くまで下で待って、マクシーモフを送っていくと言った。【⇒第9編:予審8 証人尋問、餓鬼】

 ドミートリーは、グルーシェニカと最後の別れをさせてほしいと言った。「あんたのもの、って言ったわ、これからも、あんたのものよ、一生あんたについていくわ、どこに送られていくことになっても。さようなら、あんたは、無実の罪に、自分をほろぼした!」「グルーシェニカ、ぼくの愛を許してくれ、ぼくが好きになったばかりに、きみまで破滅させてしまった」と言った。【⇒第9編:予審9 ミーチャ、護送される】