ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』人物事典42(34人目)

 

~グルーシェニカ(序&1日目)~

 

・グルーシェニカ…もうひとりの悪女、もうひとりのヒロイン。しなやかな猫のような女。見た目は「世間並み」の美女。フョードルとドミートリーを夢中にさせ、二人を泳がせて楽しんでいる。さらに、ラキーチンにアリョーシャを連れてくるように頼む。「ねえ、あの人を連れてきてちょうだいよ、あの人の僧衣を脱がしてみせるから」と言う。カテリーナは白から黒へ、グルーシェニカは黒から白へ。物語の中心人物でありながら、イワン・スメルジャコフ・リーザという悪魔層の人物とは、一切関係性を持たない。最終的に、グルーシェニカはドミートリーと、カテリーナはイワンと親密になった。

 

 

 生い立ち

 どこぞの聖職者の家に生まれ、どこぞの将校(背の低いポーランド人・まぎれもない昔の男:ムシャロヴィチという名前は終盤まで明かされない)にだまされて捨てられ、十七歳でサムソーノフの妾となった。

 この五年のうちに、「臆病ではずかしがりやの、ほっそりと痩せた、もの思わしげで悲しそうな娘」から、「とびきりの美人」に変貌した。ひどい利率で貸し付けて金をため込んでいるとドミートリーは言うが、高利貸しはしていない。一時期、フョードルと組んで、手形を安く買って高く売って、儲けていた(これにドミートリーもひっかかった)。

 【⇒第2編:場違いな会合7 出世志向の神学生】

 

 ドミートリーとフョードル

 グルーシェニカ:「お望みなら結婚してあげてもいいわよ」

 フョードルの代理人である二等大尉から、ドミートリー名義の手形がグルーシェニカに渡った(フョードルは二等大尉を使って詐欺を働いた)。ドミートリーは、「一発ぶん殴ってやるつもり」で、グルーシェニカのところへ出かけたが、「雷が落ちたのさ、ペストにかかったんだよ」、そのまま泊まってしまう。そして、グルーシェニカを連れて、モークロエにくり出して豪遊した。モークロエで、グルーシェニカは、「お望みなら結婚してあげてもいいわよ」とドミートリーをからかい、けらけら笑った。

 

 グルーシェニカ:「もしかしたら行くわ」

 一方、フョードルに対しても、「もしかしたら行くわ」と言っている。フョードルは、グルーシェニカがドミートリーと結婚するかもしれないと危機感を持ち、自分の部屋に来てくれたら三千ルーブル渡すと約束した。一方、ドミートリーは、グルーシェニカがフョードルのところへ行ってしまうと、自分は結婚できなくなるので、フョードルの家の隣で、グルーシェニカが父のところへ行かないか、ずっと張り込んでいる。【⇒第3編:女好きな男ども3 熱い心の告白――「まっさかさま」】

 

 1日目19時

 グルーシェニカ:「今またあのドミートリーさんが好きになりそう」

 カテリーナの家で、アリョーシャに会った。自分をほめそやすカテリーナに、「もしかしたら、そんな優しさにぜんぜん値しない女かもしれませんよ」と言う。

 グルーシェニカは、五年前に将校に恋をしたが、その人はグルーシェニカを捨てて結婚してしまった。不幸に沈み、身投げしようとしていたときに救ってくれたのが、サムソーノフ老人だった。老人は、彼女にとって父親のような存在だった。グルーシェニカは五年間、その将校だけを愛してきた。このたび、奥さんに先立たれたその人が、この町にやって来ることになった。だから、グルーシェニカがドミートリーと結婚するはずはない(と、カテリーナはアリョーシャに説明した)。

 カテリーナが、ひとしきりしゃべって、「五年間、この人はほんとうに不幸せでした」と同情すると、グルーシェニカは、「ずいぶんかばってくださるのね、お嬢様、なにもかも、ずいぶんとお急ぎになるのね」と、意味深なことを言う。そして、あのときだって、冗談でドミートリーさんをその気にさせただけだったと言う。そして、自分が愛する人にプロポーズされていることを率直にドミートリーに告げるという「約束」をカテリーナが持ち出すと、「いいえ、そんな約束してません」と言って、カテリーナを青ざめさせる。

 無邪気で陽気な表情で、「これでおわかりになったでしょう、わたしがどんなにいやらしい身勝手な女か。」「今またあのドミートリーさんが好きになりそう」「わたしってこんなふうに気まぐれな女なんです」と言って、カテリーナを絶句させる。 

 

 グルーシェニカ:「ご自分の美しさをえさにね」

「わたしもキスをしてさしあげます。あなたはなさいましたから、こちらからは三百回しなければ帳尻があいませんわね」と言って、カテリーナがわずかな望みをいだいて手を引っ込めずにいると、「あの、です、ねえ、お嬢様」「ねえ、わたし、こうしてあなたの手をおとりしましたが、キスはやめとこうと思いますの」と、愉快そうに笑った。ぎくりとするカテリーナに、「あなたはわたしの手にキスをした、でも、わたしはしなかった」と言って、カテリーナを激昂させた。

 悪態をつくカテリーナに、モスクワで「生娘のくせに、お金目当てで若い男の家に、闇にまぎれて忍んでったじゃないですか。ご自分の美しさをえさにね」と言って、さらに心をえぐった。「アリョーシャさん、送ってたら! 帰り道、それはすてきなことを教えてあげるから!」と、けらけら笑いながら走って帰った。【⇒第3編:女好きな男ども10 二人の女】