ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』人物事典41(33人目)

 

~グリゴーリー・クトゥーゾフ

 ドミートリー(アデライーダーの子)を育てる

・グリゴーリー・クトゥーゾフ…カラマーゾフ家の下男。陰気で愚直で頑固な屁理屈屋。フョードルに対して、確固たる影響力を持っている。アデライーダ(フョードルの先妻)が出て行ったあと、ほったらかしにされていたドミートリーの面倒を見る。【⇒第1編:ある家族の物語2 追い出された長男】

 

 イワンとアリョーシャ(ソフィアの子)を育てる

 ソフィアと再婚したあとも、フョードルが乱痴気騒ぎをやめないので、「ソフィアを守るために下男としてほとんどあるまじき態度でフョードルと渡り合った」。次男のイワンと三男のアレクセイは、ドミートリーのときと同じく、屋敷を追い出されてしまったので、グリゴーリーが召使小屋で育てた。二人は、ソフィアが亡くなったあと、ソフィアの元養育者だったヴォルホフ夫人に発見された。清潔な身なりをさせていなかったので、グリゴーリーは、いきなり夫人にびんたされた。グリゴーリーは黙っていた。【⇒第1編:ある家族の物語3 再婚と二人の子どもたち】

 帰郷したアリョーシャを母ソフィアの墓へと案内する。墓はグリゴーリーが自腹で建てたものだった。グリゴーリーがアリョーシャを墓に案内し、ひとしきり説明すると、アリョーシャは無言で立ち去った。それ以降、アリョーシャは、母の墓を訪れることはなかった。【⇒第1編:ある家族の物語4 三男アリョーシャ】

 農奴解放(1862年)の後、モスクワで商売を始めようと言う妻に、「自分たちの義務だから」と言って主人のもとを離れなかった。なぜ居残ることが義務なのかわからないと言う妻を、「わからんでもいいが、そういうことになるんだ。これからは黙っておれ」と押さえ込んだ。不始末をしたフョードルがこっぴどく殴られかけたとき、いつもそのピンチから救い出し、ひとくさり説教を聞かせるのがならわしだった。フョードルの先妻アデライーダを憎んだ一方、二度目の不幸な妻ソフィアには常に味方し、主人や悪口を言う者から守って来た。

 

 わが子の死

 「どうやら子どもに目がないらしく、そのことを隠そうともしなかった」。マルファとの間の子どもは、六本指で生まれた。グリゴーリーは打ちのめされて、三日間ずっと野菜畑で土を耕していた。そして、洗礼なんぞまるきり必要なさそうだと、司祭に言った。理由を問われると、「こ、こいつは……竜なんですから……」と言って、一同に笑われた。生後二週間でその子が亡くなると、自分の手で亡骸を棺に納めてやり、深い悲しみの表情を浮かべた。そして、「彼は膝を折り、墓にむかって地面につくほど頭をさげた」。それ以来、この赤ん坊のことを口にすることはなく、「神がかった」ことを勉強するようになった。赤ん坊を葬った晩、庭の木戸近くに立つ風呂場で、リザヴェータが赤ん坊を生み落としているのを、発見した。【⇒第3編:女好きな男ども1 下男小屋で】

 

 スメルジャコフ(リザヴェータの子)を育てる

 リザヴェータを身ごもらせたのはフョードルだという噂を、躍起になって打ち消そうとし、「ねじ釘カルプ」の仕業だと言い張った。自分の赤ん坊を埋葬した晩、屋敷のふろ場でリザヴェータが出産しようとしているのを発見して、「マルファのところへすっ飛んでいき」、さらに助産婦を呼びに行った。リザヴェータは亡くなったが、赤ん坊は助かった。【⇒第3編:女好きな男ども2 リザヴェータ・スメルジャーシチャヤ】

 この赤ん坊は、母リザヴェータ・スメルジャーチシャヤにちなんで、スメルジャコフと名付けられた。スメルジャコフが猫を殺して葬式ごっこをしていたので、大目玉を食らわせた。「あいつはおれたちのことが好きじゃないんだ、あの人でなしめ」。聖書を教えようとすると、にやりと笑って屁理屈を言うので、眼鏡の奥から恐ろしい目つきをして、ほっぺにすさまじいびんたを見舞った。一週間後、スメルジャコフに癲癇の症状が現れると、フョードルから体罰を禁じられた。そして、当面は何かを教えることも禁じた。十五になったスメルジャコフにひどい潔癖さが現れたときには、「南京虫でも入っていたか」と何度も聞いた。「どこぞの若旦那じゃないか。」【⇒第3編:女好きな男ども3 スメルジャコフ】

 

 1日目18時

 イワン:「生みの親にあんなひどいことをしたんだ、おまえどころの話じゃない!」

 フョードルの夕食のあと、グリゴーリーは、信仰を捨てずに受難を受け入れたロシア兵の話をする。スメルジャコフは、信仰を捨てた瞬間に、キリスト教徒としての責任はなくなると言ってあざ笑う。グリゴーリーは、「卑怯者め、これがやつの正体なのさ!」「へぼ料理人のくせして!」「おまえは今だって呪われた破門者なんだよ!」と悪態をついていたが、しまいには泣き出してしまった。「嘘つけ、この、ば、ば、罰当たり!」。フョードルには、「泣くんじゃない、グリゴーリー、マルファのところへ行けば慰めて寝かしつけてもらえるわ」と言われた。【⇒第3編:女好きな男ども7 論争】

 ドミートリーが乱入してきたとき、スメルジャコフと一緒に玄関口でもみあいになったが、止められず、広間に侵入されてしまう。フョードルの指示に従って、寝室への入口を死守しようとしたが、「ははあ、女はそこか! そこに匿っているんだな!」とつかみかかられ、力任せに殴りつけられ、その場に転がった。ドミートリーが去ったと、「よくも、わたしに、あんなひどいことを!」と怒っていると、イワンに、「生みの親にあんなひどいことをしたんだ、おまえどころの話じゃない!」と怒られた。それでも、グリゴーリーは、「桶で行水までさせてやったのに……」と、繰り返した。【⇒第3編:女好きな男ども9 女好きの男ども】

 

 2日目夜

 腰が立たなくなったときには、マルファが薬用酒を背中に塗って、残りを何かのおまじないと一緒にグリゴーリーに呑ませる。そして、非常に長い時間ぐっすりお休みになり、目を覚ますと、「グリゴーリーさんは、あとはもうたいてい元気になっております」 byスメルジャコフ。その治療を、明日の晩に行うはずだと、スメルジャコフはイワンに伝えた。【⇒第5編:プロとコントラ6 いまはまだひどく曖昧な】

 

 3日目夕方

 スメルジャコフの予言通り、夕方近くに寝たきり同然になり、腰までたたなくなった。【⇒第5編:プロとコントラ7 賢い人とはちょっと話すだけでも面白い】

 

 3日目深夜

 例の治療法を試みて眠っていたが、夜中にふと目を覚ました。「これほど危険なときに」寝込んでしまい、屋敷を見張るものがないという、良心の痛みに刺しつらぬかれたのだろう。庭に足を運ぶと、主人の寝室の窓が開け放たれているのが見えた。不審に思ったその瞬間、四十歩ほど前の暗闇を人影が走り抜けていった。「ああ!」と叫んで夢中で追いかけ、塀を乗り越えようとする瞬間、両手で足にしがみついた。予想通り、それは「人でなしの父殺し」だった! 「父殺し!」と大声で叫んだが、ドミートリーの銅の杵で頭を殴られ、その場で倒れ込んだ。老人の頭は血だらけになった。【⇒第8編:ミーチャ4 闇の中で】

 倒れてうめいていたところを、マルファに発見され、隣人のマリア(スメルジャコフの恋人)とフォマー(居候)の助けを借りて、部屋に運ばれた。酢をまぜた水(なんでもかんでもコレ!)で頭を洗われ、正気づいた。開口一番「旦那は殺されなさったか?」とたずねた。【⇒第9編:予審2:パニック】

 

 事件後

 スメルジャコフ:「はっきり申しますが、あの人は人間じゃない」

 「グリゴーリーはおれからすると、敵なんだ。」byドミートリー。グリゴーリーは、ドアが開いていたというドミートリーにとって決定的な不利な証言をして、頑としてゆずらない。【⇒第11編:イワン4:賛歌と秘密】

  あのドアのことなら、グリゴーリーさんが開いたのを見たという話は、たんにそう思い込んでいるだけのことですよ」「はっきり申しますが、あの人は人間じゃない、頑固な去勢馬と同じでございます。じっさいに見ておりませんし、たんに見たような気になってるだけのくせして、がんとして譲らないんですから」。 byスメルジャコフ【⇒第11編:イワン8:スメルジャコフとの、三度めの、最後の対面】

 

 公判当日

 ドミートリー:「親父に対してもプードル犬七百ぴき分くらい忠実でした」

 自信に満ちた証言をおこなった。無駄な言葉を挟まない簡潔な話しぶりが、おそろしく雄弁にひびいた。母方の領地については、フョードルがドミートリーをだましたと証言したが、根拠を挙げることはできなかった。財産の勘定をフョードルがごまかしていたと主張してゆずらなかったが、その証拠を一切あげることはできなかった。スメルジャコフについては、能力のある若者だったが、病気を苦にしており、不信心でもあったと言った。「彼に不信心を教えこんだのはフョードルさまとそのご長男です」と言い、イワンのことは念頭にない様子だった。フョードルの三千ルーブルについては、だれにも聞いたことがなかったと話した。庭に通じるドアについては、頑固に主張をゆずらなかったが、フェチュコーヴィチの質問により、スピリッツをコップに一杯半も飲んだ状態で見たものであり、「庭に通じるドアどころか、『天国の門が開いている』ところも見られそうじゃないですか?」とからかわれ、失笑を買ってしまった。ドミートリーは、ドアに関する証言以外を正しいと認めたうえで、「老人はこれまでずっと正直者でとおしてきましたし、親父に対してもプードル犬七百ぴき分くらい忠実でした」と叫んだ。グリゴーリーは、「わたしはプードルじゃない」と不満をこぼした。「【⇒第12編:誤審2:危険な証人たち】