ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』人物事典35(27人目)

 

~カテリーナ・イワーノヴナ(序&1日目)~

 

 

・カテリーナ・イワーノヴナ…物語の最重要人物。闇落ちするヒロイン。グルーシェニカの宿敵。士官時代のドミートリーの上官だった中佐の再婚相手の娘。母は大将軍の親戚。ペテルブルグの貴族女学校出身。背がとびぬけて高い。意志が強くてプライドの高い、実に高潔でなにより知性と教養にあふれた女性だったが……。

 

 回想

 カテリーナ:「で、まいりました……ください!」

 ドミートリーによる回想。カテリーナが里帰りするだけで、「町全体がすっかり若返ったみたい」だった。舞踏会でもピクニックでも女王さまだった。ドミートリーとの最初の出会いは、砲兵大隊長の家のパーティーで、ドミートリーを「値踏みするみたいにじろじろ眺めまわした」。数日後、パーティーの席でドミートリーが話しかけると、「ろくにこっちを見ず、まるで見下したようにぴっと唇を結んだまま」だった。ドミートリーは、「今に見てろ、きっと仕返ししてやる」と思った。父が横領した公金を返せず、追い込まれて猟銃で自殺未遂を起こした日の夕方、ドミートリーのアパートに現れた。「姉に聞きました。もしわたしが、自分で……こちらへ取りにうかがえば、四千五百ルーブルくださると……。で、まいりました……ください!」。ドミートリーは、憎しみの目でカテリーナをにらみつけ、窓の凍ったガラスに額を押し当て、五千ルーブルの債権を手渡し、うやうやしくお辞儀をした。カテリーナはぎくりとして、「足もとにそのままひざまずいて、床におでこをつけてお辞儀をした」(この奇妙なおじぎは、ゾシマ長老によって模倣されている)。そして、いきなり跳ね起きると駆け出して行った。【⇒第3編:女好きな男ども3 熱い心の告白――異常な事件によせて】

 

 カテリーナ:「あなたを永遠に愛したい、あなたをあなたから救ってあげたい……」

 翌日、債券との差額(手数料を差し引いた三百ルーブル)を小間使いに届けさせて、それから六週間、音沙汰無かった。中佐が亡くなり、葬儀がすんで、ドミートリーがモスクワへ発つ日、「手紙を書きます、お待ちください。K。」と書いた封書を渡す。モスクワでは、姪を天然痘で亡くした将軍夫人(親戚)に、わが子同様にかわいがられ、八万ルーブルを好きに使ってよいと渡された。すぐさま、ドミートリーに四千五百ルーブル郵送した。三日後、「あなたを死ぬほど愛しています、あなたがわたしを愛してくださらなくてもかまいません。ただ、わたしの夫になってください」というプロポーズの手紙をドミートリーに送った。「あなたを永遠に愛したい、あなたをあなたから救ってあげたい…」。ある日、ドミートリーを呼んで、モスクワのアガーフィヤに三千ルーブル送金してほしいと頼んだ(この三千ルーブルには、四千五百ルーブルの屈辱への仕返しの意味がこめられていたことが、あとで明らかになった)。【⇒第3編:女好きな男ども3 熱い心の告白――「まっさかさま」】

 

 1日目午後

 ホフラコーワ夫人に、アリョーシャに自宅に立ち寄るように伝言した。「カテリーナさんは今、ある決心をなさろうとしているのです」と、ホフラコーワ夫人はアリョーシャに伝えている。【⇒第2編:場違いな会合4 信仰心の薄い貴婦人】

 ドミートリーが、フィアンセのカテリーナをイワンに譲り、グルーシェニカに乗り換えようとしていることが、明らかになる。【⇒第2編:6 どうしてこんな男が生きているんだ!】

 

 1日目19時

 カテリーナ:「あのお嬢さんは天使ですよ」

 「やっと来てくれたわ!」と、アリョーシャを迎える。そして、ドミートリーの「(あなたとは二度と会うつもりはないので、)よろしく」の話を聞き、単に強がりを言っただけかもしれない、「もしそうなら彼はだめになっていないわ!」と希望を持つ。三千ルーブルのことで、自分にだけは気兼ねしてほしくないと言う(ミスリード)。グルーシェニカとドミートリーが結婚するのではないかとアリョーシャが心配すると、「いえ、結婚しません。そう言ってるでしょう! あのお嬢さんは天使ですよ」と言って、隠れていたグルーシェニカを呼ぶ。

 そして、グルーシェニカを「平和と喜びをもたらしてくださった」「魔法使いみたいにチャーミング」「現実離れ手している」「高潔でおおらか」と称える。「ずいぶんかばってくださいますのね、お嬢さま、なにもかも、ずいぶんとお急ぎになるのね」と言うグルーシェニカの手に、「この手がわたしに幸せをもたらしてくださったんですよ」と、陶酔したように「三度キスをしてみせた」。

 グルーシェニカは、「あなたのほうこそ、このわたしのことをちゃんと理解なさっていらっしゃらないわ」と言うが、カテリーナはそれにはかまわず、「自分(グルーシェニカ)は、前から別の人を愛しており、その人が自分にプロポーズしてくれたことを伝えて、ドミートリーを迷いから醒ます」という「約束」を口にする。

 

 カテリーナ:「断頭台にあげて首をちょんぎってやるの」

 グルーシェニカは、「わたし、約束なんかしてません」と答え、「あなた、たしかそう約束したはずじゃ……」と青ざめるカテリーナに、陽気で無邪気な表情を浮かべ、「ほうら、こうしてあなたのお手をとって、あなたがしてくださったように、わたしもキスをしてさしあげます」と言う。相変わらず無邪気な表情をしているので、カテリーナに、一瞬、希望の光のようなものが閃いたが、手を唇に近づけたとき、グルーシェニカは「こうしてあなたのお手をおとりしましたが、キスはやめておこうと思いますの」と、ひどく愉快そうにくっくっと笑った。そして、「記憶にこう留めておいてくださいね。あなたはわたしの手にキスをした、でも、わたしはしなかったと」。

 カテリーナは、「なまいきな!」「この人でなし、出てって!」「出てって、淫売!」と歪みきった顔でわめきたてた。グルーシェニカは、「生娘のくせに、お金目当てで若い男の家に忍んでったじゃないですか。ご自分の美しさをえさにね」と、カテリーナの一番痛いところを突いた。カテリーナが飛びかかろうとするのを、アリョーシャが懸命に止めた。

 グルーシェニカが帰ったあと、泣きじゃくりながら、「あれはトラよ!」とわめいた。「断頭台にあげて首をちょんぎってやるの」。「でも、ああ!」と叫び声をあげて、ドミートリーが「あの恐ろしい、呪っても呪っても呪いきれないあの日のこと」をグルーシェニカに話していたことに対して、「あんな恥知らずだなんて!」「あなたのお兄さまって、ほんとうに卑怯者よ!」と言った。アリョーシャに、明日、また来てくれと言った。【⇒第3編:女好きな男ども10 二人の女】