ドストエフスキー『カラマーゾフの兄弟』人物事典34(20~26人目)

 

~ヴィシャニコフ/ヴォルホフ夫人 など~

 

・ヴィシニャコフ…コーリャの「ガチョウ事件」の当事者。プロトニコフの店(ドミートリーがモークロエに行くときに買い物したところ)で配達係をやっている二十歳ぐらいの丸顔の男。「何をそうガチョウをじろじろ見ている」とコーリャに難癖をつける。コーリャは、荷馬車の車輪の下に首をのばして麦粒をつついているあのガチョウは、馬車をちょっと前に動かしたら首がちょんぎられてしまうかなと言う。ヴィシニャコフは「とうぜん、ちょん切られるさ」とニタニタ笑い、「それじゃあ、お兄さん、行って試してみましょう」とコーリャはそそのかす。ヴィシャニコフが馬車を動かすと、ガチョウの首は真っ二つになった。ガチョウの持ち主の百姓は、「わざとやったにちげえねえ!」と大騒ぎをして、コーリャとヴィシニャコフを判事のところへ連れていった。ヴィシニャコフは、すっかりおじけづいて大声で泣き出して、「あれはおれじゃない、あいつがおれをそそのかしたんだ」とコーリャを指差した。イワンとスメルジャコフによる「そそのかしと殺人」の戯画。【⇒第10編:少年たち5:イリューシャのベッドで】 

 

・ヴォルホフ将軍…将軍の死後、夫人がフョードルの二度目の妻となるソフィア(イワンとアリョーシャの母)を引き取った。

 

・ヴォルホフ夫人…気まぐれでわがままな将軍夫人。夫の死後、孤児だったソフィアを引き取る。わがまま放題をしたので、ソフィアは自殺未遂を起こした。十六歳になったソフィアがフョードルと駆け落ちしたとき、老夫人は二人を呪い倒した。それからソフィアが亡くなるまでの八年間、自分を捨てたソフィアへの恨みを忘れることはなかった。ソフィアのひどいありさまを知って、「恩知らずの罰が当たったんだよ」とさえ言っていた。ソフィアの死後、きっかり三か月たって、フョードルの屋敷に乗り込む。そして、わずか半時間で財産などの後始末をして、フョードルに「なんの前置きもなしにいきなり二発たいそう派手な音のするびんたをくらわせ、前髪をひっつかんで三度、床へ引き倒した」。そして、召使の小屋で育てられていたソフィアの二人の息子(イワンとアリョーシャ)を見つける。その清潔とはいえない身なりを見て、「今度はただちにグリゴーリーの頬に一発びんたを張り」、二人を引き取ると宣言し、二人をつれて帰っていった。しばらくして、夫人は「ぽっくり亡くなった」。遺言状には、二人の子どもたちに、教育費として千ルーブルずつを与えることが明記されていたが、「たいそうけったいな言い回し」だったそうだ。【⇒第1編:ある家族の物語3 再婚と二人の子どもたち】

 

――この老夫人は、おそらく根は悪くない人なのだろうが、無為の毎日から、どうにも始末におえないわがまま女になりさがっていたのだ。

 

・ヴルブレフスキー…「小柄なポーランド人(グルーシェニカのまぎれもない昔の男/ワルヴィンスキー)」のおとも。実は開業している歯医者。モークロエでグルーシェニカとカードゲームをしていた四人の一人。なにか異様なほど背丈がある(二メートルくらい)。愛国心が強い。【⇒第8編:ミーチャ6 おれさまのお通りだ!】

 3日目23時:ドミートリーがモークロエのグルーシェニカのところへ乱入したとき、壁ぎわに腰をおろして、厚かましい態度で一同をながめていた。マクシーモフが、ポーランド女を侮辱するようなあけすけな冗談を言うので、「あんた、ろくでなしね!」とさげすむように言った。「へえ、ろくでなしとはね! なんて言い草だい?」と、グルーシェニカがヴルブレフスキーに食ってかかる。その後、マクシーモフの場違いな話にうんざりして、「部屋のなかを隅から隅へ歩きはじめた」。グルーシェニカは、「ほうら、こんどは歩き出した!」と、さげすむように男を見た。見かねたドミートリーが、ポーランドのために乾杯しようと言い、「そっちの大先生も、さあ、コップをとって!」と誘う。三人で一気に飲み干した。つづいてロシアに乾杯しようと誘われたが、ポーランド人二人は手も触れようとしない。ヴルブレフスキーが「一七七二年以前の、ポーランド分割する前のロシアに!」と言うと、背の低いポーランド人も「そいつはなかなかいい!」と、二人でコップを空けた。ドミートリーが、「ほんとうにばかだねえ、あんたたち二人とも」と言うので、「なんですと!」と脅しつけるような口調で言った。ヴルブレフスキーは、「いったい自分の国を愛さずにおれるもんですか?」と声を張り上げ、グルーシェニカに大きな声を出すなと怒られた。

 主人である小柄なポーランド人が、ドミートリーに寝室へと呼ばれたとき、ボディーガードとして付き添い、思いがけない三千ルーブルの話に、二人して二度顔を見合わせた。そして、どうやら眉唾らしいとわかると、主人と一緒にぺっと唾をはいた。その後、主人について部屋にもどる。主人とグルーシェニカの決裂が決定的になり、村の娘たちの歌が聞こえると、「まるでソドムだ!」「宿の主人、あの恥知らずどもを追っ払ってくれ!」と吼えるように言う。宿の主人トリフォーンの無礼な口調に腹を立て、「豚どもめ!」と言うと、いかさまをしていたことをばらされてしまった。狼狽したヴルブレフスキーは、グルーシェニカをおどすように拳を突き出して、「売春婦のくせして!」と言おうとしたが、言い終わらないうちに、ドミートリーに飛びかかられ、隣の部屋へ連れ出され、床にたたきつけられた。遅れて主人のポーランド人も部屋にやってきた。二人とも鍵をかけて部屋に閉じこもった。【⇒第8編:ミーチャ7 まぎれもない昔の男】

 4日目8時:予審では、マカーロフ署長が中心人物だと勘違いして、「大佐どの」などと言いながら、質問に答えていたので、注意された。これ以降も、ワルヴィンスキーにくっついているが、個人としての出番はなかった。【⇒第9編:予審8 証人尋問、餓鬼】

 

・オブドールスクの修道僧…北国の町オブドールスクの聖シリヴェストル修道院からやって来た平民出の修行僧。生まれつき恐ろしく好奇心が強く、何事も首を突っ込みたくなる軽薄な人。ちょこちょこと走り回っている。長老のおでましを待つホフラコーワ親子の横に立っていた。【⇒第2編:場違いな会合3 信仰心のあつい農婦たち】

 1日目正午:リーズの「全快」の件で長老を諫めるが、長老に「何かあったとすれば、それは神のおぼしめし以外の何ものの力でもないのです」といなされた。【⇒第2編:場違いな会合4 信仰心の薄い貴婦人】

 1日目夜:フェラポンド神父のところを訪ねて、言葉を交わす機会を得た。修道院長のところで悪魔を見たというフェラポンド神父に、精霊と絶えず交わりを結んでいるのですかと、「図に乗って」尋ねている。精霊は人間の言葉をしゃべると言われ、さすがにあやしいと思った。フェラポンド神父が、あまりに異質なキリスト教解釈を連発するので、「かなり強いとまどい」を覚えたが、もともと長老制への偏見を持っていたので、その言葉を喜んで信じたくなった。翌朝、「プロホロヴナの息子の奇跡」を知らされ、だれよりも大きなショックを受けた。何を信じていいか、わからなくなったのだった。【⇒第4編:錯乱1 フェラポンド神父】

 3日目午後:腐臭が漂い始めるとうろちょろしている彼の姿に、パイーシー神父は、「精神的に強い嫌悪」を覚えた。彼自身は、どうやらフェラポンド神父の判断は正しかったと思った。とつぜん、庵室へフェラポンド神父が現れた。「すさまじい好奇心の虜となってついに彼は耐えきれず、フェラポンド神父のあとについてひとり表階段を駆け上がって来た」。【⇒第2部 第7編:アリョーシャ1 腐臭】

 

・オリガ…警察署長マカーロフの長女。ペルホーチンがマカーロフの家にやって来たとき、隣室でネリュードフと話をしていた。ネリュードフは、「今日があなたの誕生日であることを知っているんですよ」と言って、オリガの年齢を笑いものにして、あてこすってやろうと思っていた。【⇒第9編:予審2:パニック】

 

・カーチャ⇒カテリーナ・イワーノヴナの愛称。ドミートリーがよく使う。

 

・カテリーナ…コーリャの隣人の医師夫人の女中。明日、朝までに子どもを産むつもり。産気づいていることに気づかず、仰天した夫人が、救急施設に連れて行くことに。コーリャは、軽蔑している。【⇒第10編:少年たち2:子どもたち】