ビクトル・ユーゴー『レ・ミゼラブル』読書メモ⑬

 

第五編 暗がりの追跡に無言の一組

一 計略の稲妻形 

 ユーゴー登場。「読者がこれから読まんとするページのために、またずっと後になって読者が出会うページのために、ここにある注意をしておく必要がある」と言って、自分が亡命中の身の上であることを断って、物語を続ける。ジャン・ヴァルジャンは、自分を追跡していたのが、ジャベールだったことを確かめた。

 ――著者がパリーを愛することは、ここにわざわざ言うまでもないことである。パリーは著者の精神の故郷である。ただ種々の破壊再築を経たので、著者の青年時代のパリー、著者が自分の記憶のうちに大切に持って行ったあのパリーは、今では昔のパリーとなっている。けれどもどうか、そのパリーが今なお存在するかのように語ることを許していただきたい。

 

二 幸運なるオーステルリッツ橋の荷車

 二人はちょうど通りかかった荷車の影に隠れて橋を渡った。

 ――四個の人影が橋にさしかかってるところだった。

 それらの人影は植物園を背にして、右岸の方へこようとしていた。

 その四つの人影こそ、あの四人の男であった。

 ジャン・ヴァルジャンは再び捕えられた獣のように身を震わした。

 

三 一七二七年のパリの地図

 サン・タントアーヌ郭外の細長い道。右側は行き止まりの大きな白い壁。左側にはジャベールの配置した見張り。絶望するジャン・ヴァルジャン。そして、ユーゴー先生によるパリ案内。

 ――もうあとに引き返すだけの時間はなかった。先刻後方遠く影の中に何か動くものが見えたのは、確かにジャヴェルとその手下の者であることは疑いなかった。』

 ――前後の事情から察してみると、ジャヴェルはその迷宮小路の地理をよく心得ていて、手下の一人を出口の見張りにつかわすだけの注意をとったものと見える。

 

四 逃走中の暗中模索

 ユーゴー先生の授業の続きと、蔦をのぼって薄暗い長屋に隠れようと思ったが断念し、壁の断面の死角に身を隠すジャン・ヴァルジャン。

 ――彼はジャンロー袋町をのぞいてみた。そこは行き止まりになっている。彼はピクプュス小路をのぞいてみた。そこには見張りの男がいる。月の光に白く輝いてる舗道の上に黒く浮き出してるその忌まわしい姿を彼は見た。前に進めば、その男の手に落ちる。後ろに退けば、ジャヴェルの手中に身を投ずることになる。ジャン・ヴァルジャンは徐々にはさまってくる網のうちにとらえられてるような気がした。彼は絶望して天を仰いだ。

 ――彼は管についてよじのぼる考えをやめて、ポロンソー街の方へ戻るために壁に身を寄せてはってきた。

 コゼットを残しておいた壁の断面の所まできた時、そこはだれからも見られないことに彼は気づいた。前に説明したとおり、そこはどちらから見ても見えないようになっていた。その上そこは影になっていた。そしてそこに二つの門があった。あるいはそれを押しあけられるかも知れなかった。壁の上から菩提樹の木と蔦つたとが見えてるところをみると、中は明らかに庭になってるらしかった。樹木にはまだ葉は出ていなかったが、少なくともそこに身を隠して夜が明けるまで潜んでることができるかも知れなかった。

 

五 ガス燈にては不可能のこと

 追い詰められたジャン・ヴァルジャンは、街灯の縄を使い、コゼットを背負ったまま、壁の上にのぼり、ジャベールをやり過ごす。

 

 ――その築塀は高さ五尺ばかりだった。その頂から壁の上までよじ上るべき場所は、十四尺に満たないほどだった。壁の上には平たい石があるのみで、何の覆おおいもついていなかった。ただ困まるのはコゼットだった。コゼットの方は壁を乗り越すことができなかった。では彼女を捨ててしまうか? ジャン・ヴァルジャンはそんなことは夢にも考えなかった。

 ――ジャン・ヴァルジャンの絶望した目は、ふとジャンロー袋町の街燈の柱に落ちた。

 ――ジャン・ヴァルジャンは命がけの勢いで、街路を一飛びに飛び越し、袋町にはいり、ナイフの先で、小さな箱の閂子かんぬきをはずし、そしてすぐにコゼットの所へ戻ってきた。彼は一筋の綱を手にしていた。

 ――ほかの子供だったらもうよほど前から大声に泣き出していたろう。がコゼットはただジャン・ヴァルジャンのフロックの裾につかまっていた。しだいに近づいてくる巡邏の兵士らの足音は、ますますはっきり聞こえていた。

 ――彼は自分のえり飾りをはずし、それをコゼットの両腋の下に身体を痛めないように注意して結わえ、海員たちが燕結びと称する結び方でその襟飾りを綱の一端に結わえ、綱の他の一端を口にくわえ、靴と靴足袋とをぬいで壁の向こうに投げ込み、築塀の上にのぼり、そして壁と切妻との角をよじのぼりはじめたが、あたかもかかととひじとを梯子にかけてるかと思われるほど確実自在なものだった。半分時とたたないうちに彼は壁の上にはい上がった。

 ――「壁に背を向けなさい。」

 彼女はそのとおりにした。

「口をきいてはいけないよ、こわがってはいけないよ。」とジャン・ヴァルジャンはまた言った。

 そして彼女は地面から引き上げられるのを感じた。

 自ら気がつかないうちに彼女は壁の上にきていた。

 

六 謎のはじめ

 ジャン・ヴァルジャン、その建物の物置に隠れた。不思議なほどの静寂。突然、賛美歌が聞こえた。一体ここはどこだ?

 ――十五分ばかりもたつと、その騒がしい怒号の響きもしだいに遠くなってゆくように思えた。ジャン・ヴァルジャンは息を凝らしていた。彼はそっとコゼットの口に手をあてていた。

 ――突然、その深い静謐のうちに、新しい音響が起こった。天来の聖なる名状すべからざる響きで、前の音が恐ろしかったのに比べて実に歓ばしい響きであった。暗やみのうちから伝わって来る賛美歌で、夜の暗い恐ろしい静寂のうちにおける祈祷と和声との光耀であった。

 

七 謎のつづき

 廃屋のそばに白い建物があり、中で人が死んでいる?? (贖罪している修道女)。恐怖に駆られたヴァルジャン。

 

八 謎はますます深くなる

 鈴のような音が聞こえる。コゼットの手は冷え切っている。死んでしまったのではないかとあわてる

 ――よく見ると、庭の中にだれか人がいた。

 ―― 一人の男らしい人影が、瓜畑の幾つもの鐘形覆いの間を、規則正しく立ち上がったりかがんだり立ち止まったりして歩いていた。ちょうど何かを地面に引きずってるかまたはひろげてるようだった。その男はびっこらしかった。

 

九 鈴をつけた男

 庭にいた男に、百フランあげるから今夜泊めてほしいと言うと、その男は「マドレーヌさん!」と驚きの声を上げる。フォーシュルヴァン老人だった。そして、そこはプティー・ピクプュスの修道院だった。おかげで助かった。

 ――「百フランあげる」とジャン・ヴァルジャンは言った、「もし今夜私を泊めてくれるなら!」

 月の光はジャン・ヴァルジャンの狼狽した顔をまともに照らしていた。

「おや、あなたですか、マドレーヌさん!」と男は言った。

 そんな夜ふけに、不思議な場所で、その見も知らぬ男から、マドレーヌという名をふいに言われたので、ジャン・ヴァルジャンは思わずあとにさがった。

 ――あなたは人の生命を助けておいて、その人を忘れてしまいなさる。それはよろしくありません。助けられた者は皆あなたを覚えています。

 

十 ジャヴェルの失敗の理由  Stars

 なぜジャベールが、ジャン・ヴァルジャンを追い詰めるに至ったか。そして、なぜ取り逃してしまったかを説明する。最初、テナルディエはコゼットを連れていかれたとしゃべり回っていた。しかし、次第に自分の悪事が明るみに出ることを恐れるようになる。そして、ジャベールが「コゼットを連れて行った男」について、宿に探りに来た時に、引き取りに来たのは「祖父」だったと嘘を言った。そのおかげで、ジャベールはいったん真実から遠ざかり、ジャン・ヴァルジャンは死んだのだと信じるようになった。

 1824年3月、なぞの男と八歳の少女がモンフェルメイユから来たという噂が流れる。そして、寺男に身をやつしたジャベールは、ジャン・ヴァルジャンをその目で見た。しかし、その後、確信が持てるまで泳がせたり、用心のために援兵を呼んだりしているうちに、時機を失してしまった。

 

 ――ジャヴェルはジャン・ヴァルジャンのあとをつけて、木から木へ、街路のすみからすみを伝って、瞬時もその姿を見失わなかった。ジャン・ヴァルジャンがもう大丈夫だと思った時でさえ、ジャヴェルの目は彼の上にすえられていた。

 ――彼は落胆の余り一時は絶望と狂暴とに駆られたほどであった。