ビクトル・ユーゴー『レ・ミゼラブル』読書メモ⑦

 

ビクトル・ユーゴー Victor Hugo 豊島与志雄訳 レ・ミゼラブル LES MISERABLES 第一部 ファンティーヌ (aozora.gr.jp)

 

※ ―― …引用部分。

※ 緑文字 …映画と関連した描写。

 

 

第七編 シャンマルティユー事件 

 マドレーヌ氏が、自分はジャン・ヴァルジャンであると法廷で告白し、シャルマンティユーを救う話。

 

一 サンプリス修道女

 マドレーヌ氏の慈恵院で働く、二人の対照的な修道女について。ユーゴー、嘘について論じる。ファンティーヌに、「あの、コゼットは?」と問われたられたマドレーヌ氏は、「じきにきます」とほほえみながら答えた。

 

二 スコーフレール親方の炯眼

 マドレーヌ氏が馬車を借りに来た。その距離勘定から、アラスへ行くことを見抜いた。

 

三 脳裏の暴風

 ユーゴーは、ジャン・ヴァルジャンの内面について論じる。だが、その前にひとまず、人の内面をのぞくことについて論じる。そんなねっとりした展開こそ、ユーゴーの真骨頂。マドレーヌ氏は、行くべきか行かざるべきかを悩んでいる。このあとも、ずっとその話がくり返される。

 

 ――彼はあの司教がそこにいるように感じた。司教の姿は死んでますますはっきり目に見えてきた。司教は彼をじっと見つめていた。今後市長マドレーヌ氏は、そのいかなる徳をもってしても司教の目には忌むべきものと映ずるであろう。そして囚徒ジャン・ヴァルジャンは司教の前には尊敬すべき純潔なる姿となるであろう。世人は彼の仮面を見る、しかし司教は彼の素顔すがおをながめる。世人は彼の生活を見るが、司教は彼の本心を見ている。それゆえ、アラスへ行き、偽りのジャン・ヴァルジャンを救い、真のジャン・ヴァルジャンを告発しなければならない。

 

 ――もし私が自首して出たら? 人々は私を捕え、そのシャンマティユーを許し、私を徒刑場に送るであろう。それでよろしい。そして? ここはどうなるであろう。ああここには、一地方、一つの町、多くの工場、一つの工業、労働者、男、女、老人、子供、あわれなる人々がある。それらのものを私はこしらえた。私はそれらを生かしてやった。すべて煙の立ちのぼる煙筒のある所、その火のうちに薪まきを投じその鍋なべのうちに肉を入れてやったのは、私である。私は安楽と流通と信用とをこしらえてやった。私の来る前には何もなかったのだ。私はこの地方全部を引き上げ、活気立たせ、にぎわし、豊かにし、刺激し、富ましてやった。私がなければ魂がないようなものだ。私が取り去らるれば、すべては死滅するであろう。――そして、あれほど苦しんだあの女、堕落のうちにもなおあれほどのいいものを持っているあの女、思いがけなく私がそのあらゆる不幸の原因となったあの女! そして、その母親に約束して自らさがしにゆくつもりであったあの子供! 私は自分のなした悪の償いとしてあの女に何か負うところはないのか。もし私がいなくなればどうなるであろう。母親は死ぬであろう。そして子供はどうなるかわからない。私が自首して出れば、結果はそんなものである。――もし自首しないならば? まてよ、もし私が自首して出ないとするならば?

 

 ――が私はマドレーヌである、またマドレーヌのままでいよう。ジャン・ヴァルジャンなる人は不幸なるかな! それはもはや私ではない。私はそんな人を知らない。私はもはやそれが何であるかを知らない。今だれかがジャン・ヴァルジャンになっているとするなら、その人自身で始末をつけるがいい。それは私の関係したことではない。それは実に暗夜のうちに漂っている不運の名前である。もしそれがだれかの頭上にとどまり落ちかかったとすれば、その人の災難とあきらめるのほかはない。

 

 ―― 火はまだ十分おこっていて、その燭台をすぐに溶して訳のわからぬ地金とするには足りるほどだった。

 彼は炉の上に身をかがめ、ちょっとそれに身を暖めた。まったくいい心地であった。「ああ結構な暖かみだ!」と彼は言った。

 彼は燭台の一つで火をかきまわした。

 もう一瞬間で、二つの燭台は火の中に入れられるところだった。

 その時に、彼は自分の内部から呼ぶ声を聞いたような気がした。

「ジャン・ヴァルジャン! ジャン・ヴァルジャン!」

 

四 睡眠中に現れたる苦悶の象

 午前三時になった。マドレーヌ氏は、この時間まで、休みなく五時間、部屋の中を歩き回っていたが、ようやく眠りにつき、夢を見る。朝五時、馬車が来たので、とにかく馬車に乗った。

 

五 故障

 アラスへ向かう途中、郵便馬車とぶつかって、車輪を損傷してしまい、エダンで立ち往生する。車大工を相手に執拗なやり取りをくり返したあと、あきらめかけたところ、旅客のばあさんに馬車を譲ってもらい、アラスへ行けることになった。まだ、いかにすべきか自問自答している。途中で出会う人が、こぞってマドレーヌ氏を止めようとするのには、さすがにうんざりする。なんとか到着。

 ――旅をすることは、各瞬間ごとに生まれまた死ぬることである。

 

六 サンプリス修道女の試練

 ファンティーヌは、扉が開かれるのを待っている。ファンティーヌはコゼットを思って古い子守唄を歌い出した。ここでその歌詞をフルで掲載するのが、ユーゴ-らしさ。市長が出かけたと聞いて、ファンティーヌは、コゼットを引き取りに行ったのだと信じ、目を輝かせた。そして、もう口をきいてはいけないと言われても、明日にはコゼットに合えるという幸せのあまり、うわごとのように話し続ける。

 ――二十五歳というのに、額にはしわがより、頬はこけ、小鼻はおち、歯ぐきは現われ、顔色は青ざめ、首筋は骨立ち、鎖骨は飛び出し、手足はやせ細り、皮膚は土色になり、金髪には灰色の毛が交じっていた。

 ――母親の喜びはほとんど子供の喜びと同じである。

 

七 到着せる旅客ただちに出発の準備をなす

 偽ジャン・ヴァルジャンの裁判は、まだ開廷中だった。マドレーヌ氏は、間に合った。そこにたどり着くに至るまでに出会うさまざまな障害が、ここでも描かれている。

 

八 好意の入城許可

 まだ迷い続けるマドレーヌ氏。十五分後、ようやく法廷の扉を開く。刃牙のような展開の遅さ。

 

九 罪状決定中の場面

 起訴事実がもう一度確認される。ユーゴー、雄弁について論じる。その後も、この被告がジャン・ヴァルジャンなのかどうかについての話がくり返され、決め手に欠ける裁判が進む。

 

十 否認の様式

 偽ジャン・ヴァルジャンの訥弁は失笑を買った。その後、ツーロンの徒刑囚三人の証言。読者は、それらが無意味だとわかっているので、茶番感が漂う。最後に、マドレーヌ氏が、「ブルヴェー、シュニルディユー、コシュパイユ! こちらを見ろ。」と叫ぶ。「マドレーヌ氏!」とみんな驚く。

 

十一 シャルマンティユーますます驚く

 自分がジャン・ヴァルジャンであると告げるマドレーヌ市長。そして、自分の罪について告白し、徒刑囚三人の特徴について、自分の知っている証拠を示す。その後、マドレーヌ市長は、捕縛されないので帰ります、逃げも隠れもしませんと言って、帰ってしまった。シャルマンティユーも釈放された。

 

 ――裁判長や検事が一言を発する間もなく、憲兵や守衛が身を動かす間もなく、まだその時までマドレーヌ氏と呼ばれていたその人は、証人コシュパイユ、ブルヴェー、シュニルディユー、三人の方へ進んで行った。

「お前たちは私を知らないか?」と彼は言った。

 三人はびっくりしたままで、頭を振って知らない旨を示した。コシュパイユは恐れて挙手の礼をした。マドレーヌ氏は陪審員および法官の方へ向いて、穏やかな声で言った。

判事諸君、被告を放免していただきたい。裁判長殿、私わたしを捕縛していただきたい。あなたのさがしていらるる人物は、彼ではない、この私である。私がジャン・ヴァルジャンである。

 ――「このうちに医者はおりませんか。」

 検事は口を開いた。

 ――「お前が徒刑場で使っていたあの弁慶縞の編みズボンつりを、お前は覚えていないか。」

 ブルヴェーは愕然とした、そして恐る恐る彼を頭から足先まで見おろした。彼は続けて言った。「シュニルディユー、お前は自分でジュ・ニ・ディユーと呼んでいたが、お前には右の肩にひどい火傷の跡がある。T・F・Pという三つの文字を消すために、火のいっぱいはいった火鉢にある時その肩を押し当てたのだ。しかし文字はやはり残っている。どうだ、そのとおりだろう。」

「そのとおりです。」とシュニルディユーは言った。

 彼はコシュパイユに向かって言った。

「コシュパイユ、お前には左の腕の肱の内側に、火薬で焼いた青い文字の日付がある。それは皇帝のカーヌ上陸の日で、一八一五年三月一日というのだ。袖をまくってみろ。」

 コシュパイユは袖をまくった。すべての人々の目はそのあらわな腕の上に集まった。一人の憲兵はランプを差し出した。日付はそこにあった。

 ――「私はこれ以上法廷を乱すことは欲しません。」とジャン・ヴァルジャンは言った。「諸君は私を捕縛されぬゆえ、私は引き取ります。私はいろいろなすべき用を持っています。検事殿は、私がどういう者であるか、私がどこへ行くかを、知っていられる。いつでも私を捕縛されることができるでしょう。