ビクトル・ユーゴー『レ・ミゼラブル』読書メモ㊻

 

ビクトル・ユーゴー Victor Hugo 豊島与志雄訳 レ・ミゼラブル LES MISERABLES 第五部 ジャン・ヴァルジャン (aozora.gr.jp)

 

十七 死せる父死なんとする子を待つ

 ガヴローシュの遺体を回収するときに、マリウスも銃撃を受けた。そして、お互いの父の因縁について思いを馳せた。

 

――マリユスは防寨から外に飛び出した。コンブフェールもそのあとに続いた。しかしもう間に合わなかった。ガヴローシュは死んでいた。コンブフェールは弾薬の籠を持ち帰り、マリユスはガヴローシュの死体を持ち帰った。

 彼は思った。ああ、父親が自分の父にしてくれたことを、自分は今その子に報いているのだ。ただ、テナルディエは生きた自分の父を持ち帰ってくれたが、自分は今彼の死んだ子を持ち帰っているのか。

※映画ではコンブフェールがひとりで飛びだし、ガヴローシュの遺体を回収した。

 

――人々はマブーフと同じテーブルの上にガヴローシュを横たえ、二つの死体の上に黒い肩掛けをひろげた。それは老人と子供とをおおうに足りた。

 コンブフェールは持ち帰った籠かごの弾薬を皆に分配した。

 各人に十五発分ずつあった。

 

・アンジョルラス…おごそかな態度でバリケードに臨む。

・コンブフェール…負傷者の手当。

・ボシュエ…ガヴローシュがとって来た火薬筒で弾薬を作る。フイイーに、「われわれはじきに他の遊星に旅立つんだ」と言った。

・フイイ…ガヴローシュがとって来た火薬筒で弾薬を作る。

・クールフェーラック…敷石の上で、武器箱をひっくり返したようにして、若い娘が小さな裁縫箱を片付けるように整理していた。

・ジャン・ヴァルジャン…正面の壁を眺めていた。

・ジョリー…ユシュルーのおかみさんの鏡を取って来て、自分の舌を点検していた。

・マリウス…死んだ父が自分に何と言うだろうかと心を痛めている。

 

十八 餌食となれる禿鷹

 正午。残り26人。ジャヴェールの処遇について、「ここから最後に出る者が、このスパイの頭を打ちぬくんだ」とアンジョルラスが言う。ジャヴェールは平然としていた。ジャン・ヴァルジャンが自分に射殺させてほしいと申し出た。

 

――「君は指揮者ですか。」

「そうだ。」

「君はさっき私に礼を言いましたね。」

「共和の名において。防寨はふたりの救い主を持っている、マリユス・ポンメルシーと君だ。」

「私には報酬を求める資格があると思いますか。」

「確かにある。」

「ではそれを一つ求めます。」

「何を?」

「その男を自分で射殺することです。」

 ジャヴェルは頭を上げ、ジャン・ヴァルジャンの姿を見、目につかぬくらいの身動きをして、そして言った。

「正当だ。」

 アンジョーラは自分のカラビン銃に弾をこめ始めていた。彼は周囲の者を見回した。

「異議はないか?」

 それから彼はジャン・ヴァルジャンの方を向いた。

「スパイは君にあげる。」

 ジャン・ヴァルジャンは実際、テーブルの一端に身を置いてジャヴェルを自分のものにした。彼はピストルをつかんだ。引き金を上げるかすかな音が聞こえた。

 

――ジャヴェルは彼独特の声のない笑いを始めた。そして暴徒らをじっとながめながら、彼らに言った。

「きさまたちも俺以上の余命はないんだ。」

「みんな外へ!」とアンジョーラは叫んだ。

 暴徒らはどやどやと外に飛び出していった。そして出てゆきながら、背中に――こう言うのを許していただきたい――ジャヴェルの言葉を受けた。

「じきにまた会おう!」

 

十九 ジャン・ヴァルジャンの復讐

 ジャン・ヴァルジャンは縄を解いてジャヴェールを解放した。マリウスは、ジャン・ヴァルジャンがジャヴェールを殺したと信じた。

 

――その死骸の重なった中に、一つのまっさおな顔と乱れた髪と穴のあいた手と半ば裸の女の胸とが見えていた。エポニーヌであった。

 ジャヴェルはその女の死体を横目でじっとながめ、深く落ち着き払って低く言った。

「見覚えがあるような娘だ。」

 それから彼はジャン・ヴァルジャンの方に向いた。

 ジャン・ヴァルジャンはピストルを小わきにはさみ、ジャヴェルを見つめた。その目つきの意味は言葉にせずとも明らかだった。「ジャヴェル、私だ」という意味だった。

 ジャヴェルは答えた。

「復讐するがいい。」

 

――ジャン・ヴァルジャンはジャヴェルの首についてる縄を切り、次にその手首の繩を切り、次に身をかがめて、足の綱を切った。そして立ち上がりながら言った。

「これで君は自由だ。」

 ジャヴェルは容易に驚く人間ではなかった。けれども、我を取り失いはしなかったが一種の動乱をおさえることができなかった。彼は茫然と口を開いたまま立ちすくんだ。

 

――数歩進んだジャヴェルは振り向いて、ジャン・ヴァルジャンに叫んだ。

「君は俺おれの心を苦しめる。むしろ殺してくれ。」

 ジャヴェルはジャン・ヴァルジャンに向かってもうきさまと言っていないのを自ら知らなかった。

「行くがいい。」とジャン・ヴァルジャンは言った。

 ジャヴェルはゆるい足取りで遠ざかっていった。やがて彼はプレーシュール街の角を曲がった。

 ジャヴェルの姿が見えなくなった時、ジャン・ヴァルジャンは空中にピストルを発射した。

 それから彼は防寨の中に戻って言った。

「済んだ。」

 

―― マリユスは防寨の向こう端に位置を占めたアンジョーラを呼びかけた。

「アンジョーラ!」

「何だ!」

「あの男の名は何というんだ。」

「どの男?」

「あの警察の男だ。君はその名前を知ってるか。」

「もちろん。自分で名乗ったんだ。」

「何という名だ。」

「ジャヴェル。」

 マリユスは身を起こした。

 その時、ピストルの音が聞こえた。

 ジャン・ヴァルジャンが再び現われて、「済んだ」と叫んだ。

 暗い悪寒がマリユスの心をよぎった。

 

二十 死者も正しく生者も不正ならず

 ユーゴー先生、語る。