ビクトル・ユーゴー『レ・ミゼラブル』読書メモ㊳
ビクトル・ユーゴー Victor Hugo 豊島与志雄訳 レ・ミゼラブル LES MISERABLES 第四部 叙情詩と叙事詩 プリューメ街の恋歌とサン・ドゥニ街の戦歌 (aozora.gr.jp)
第十三編 マリウス闇の中に入る
一 プリューメ街よりサン・ドゥニ街区へ
マリウスは、シャンヴルリー街のバリケードへと導く声が、宿命の声に思われた。「行こう!」。
――彼は死を望んでいたが、その機会が今与えられたのである。
――マリユスはもはや何らの希望も持たぬ意力をもってつき進んだ。ただ、呼ばれたので行かなければならなかったのである。
プリューメ街→エスプラナード橋→アンヴァリード橋→シャンゼリゼ→ルイ十五世広場→リヴォリ街(ここまでは平和)
→ドゥロルム通路→サン・トレノ街→パレー・ロアイヤル広場(商店は閉ざされているが、人通りと街灯がある)
→アルブル・セックの噴水→プルーヴェール街(群集が密集しており、真っ暗で人通りもない)
→ベティジー街→市場町→ブールドンネー街(群集も軍隊も街灯もない)
→ポトリー街(ボシュエがひっくり返した荷車/見捨てられたバリケード/ボシュエが放した二頭の白馬)→コントラ・ソシアル街(銃弾が飛んできて、理髪店の店先の髭剃り皿に穴をあけた)
二 梟の見下ろしたるパリー
空から見ると、暴徒のバリケードは、パリの真ん中にあけられた大きな暗い穴のようだった。
――殺されて出ずるかもしくは勝利者となって出ずるか、そればかりが今は唯一の出口だった。事実はきわめて切迫し、暗黒はきわめて力強く、最も臆病な者らも決意を感じ、最も勇敢な者らも恐れを感じていた。
―― 必ずや翌日までにはすべてが決定し、勝利はいずれかの手に帰し、反乱は革命となるかあるいは暴挙に終わるかのほかはなかった。政府も一揆も共にそれを了解し、一介の市民までもそれを感じていた。それゆえ、すべてが決せんとするその一郭の見通すべからざる暗黒のうちには、心痛の念が漂っていた。
三 最後の一端
マリウスはシャンヴルルー街にたどりついた。意を決して、バリケードの中を見回した。
――マリユスにはもはや一歩残ってるのみだった。
その時この不幸な青年は、ある標石の上に腰をおろし、腕を組み、そして父のことを思った。
彼は自分の父である勇壮なポンメルシー大佐のことを思った。
――マリユスは苦い涙を流し始めた。
それは実にたまらないことであった。しかしどうしたらいいのか。コゼットなしに生きることは、彼にはとうていできなかった。彼女が出発した今となっては、彼はもう死ぬよりほかはなかったのである。自分は死ぬであろうと彼女に明言したではないか。彼女はそれを知りつつ出発した。それはマリユスが死ぬのを好んだからに違いない。そしてまた、彼女がもう彼を愛していないことは明らかだった。なぜならば、彼の住所を知りながら、ことわりもなく、一言の言葉もなく、一つの手紙も贈らず、そのまま出発したからである。