ビクトル・ユーゴー『レ・ミゼラブル』読書メモ㊲

 

ビクトル・ユーゴー Victor Hugo 豊島与志雄訳 レ・ミゼラブル LES MISERABLES 第四部 叙情詩と叙事詩 プリューメ街の恋歌とサン・ドゥニ街の戦歌 (aozora.gr.jp)

 

第十二編 コラント

 

一 コラント亭の歴史

 シャンヴルリー街にあったコラントという有名な居酒屋について。クールフェーラックの仲間の出入りどころの一つ。最初に見つけたのはグランテールで、名物料理の「鯉の肉料理」のために何度も足を運んだ。

※ 第九編の二で、エポニーヌがマリウスに向かって、「お友だちがみなあなたを、シャンヴルリー街の防寨で待っています。」と言っていた。

 

・ユシュル―のかみさん…夫の死後、店を切り盛りする。

・マトロート…魚料理とあだ名された女中。

・ジブロット…肉料理とあだ名された女中。

 

二 門出の宴

 時間は巻き戻って、コラント亭で、朝から牡蠣を食べるジョリーとレーグル(ボシュエ)。そこへグランテールがやって来る。グランテールは悪い牡蠣を食べてしまったが、酔って長口舌が止まらない。そこへ、少年がやってきて、背の高い金髪の人(アンジョルラス)から、「ボシュエという人がそこにいるから、A――B――Cと僕が言ったと伝えてくれ」と伝言する。ラマルクの葬式が始まったのだ。三人は「いかない」と決めて、飲み続ける。その結果、ボシュエ以外の二人は酔いつぶれた。

 武装したABCの仲間が通りかかる。「クールフェーラック! クールフェーラック! おーい。」「どこへ行くんだ?」「防寨を作りに。」

 

――「君の胃袋には穴があいてるんだね。」とレーグルは言った。

「君の肱にも穴があるじゃないか。」とグランテールは言った。

――ぷー、悪い牡蠣をのみ込んじゃった。おお気持ちが悪い。牡蠣は腐ってるし、女中は醜いときてる。人間がいやになっちまう。

――「アンジョーラは人をばかにしてやがる。」とグランテールはつぶやいた。「きっと、ジョリーは病気だしグランテールは酔っ払ってる、とでも思ったんだろう。それでボシュエを名ざしてナヴェをよこしたんだ。もし俺を迎えにきたんなら行ってやるがな。気の毒なアンジョーラだ。そんな葬式なんかに行くもんか。」

 

・レーグル・ド・モー(ボシュエ)…ジョリーと一緒に住んでいる。アンジョルラスからの呼び出しに対しては、このままコラント亭でじっとしていることになった。「でおおいに飲もう。それに葬式には行かなくとも、暴動には加わり得るんだ。」

・ジョリー…ボシュエと一緒に住んでいる。「古いアビ(服)は古いアビ(アミ、友人)だ。」と、うまいことを言う。鼻がつまっている。アンジョルラスからの呼び出しに、雨が降ってるから行かないといった。

・ムュジシェッタ…ジョリーの情婦。

・グランテール…すぐに一本の葡萄酒を飲み干す。アンジョルラスからの呼び出しに対して、「僕はここにいよう。棺車より食事の方がいいや」と言った。「君の言う革命なんか僕にはどうだっていい。」

・ナヴェ…ガヴローシュの友だち。コラント亭のボシュエのところへ使いに行く。

 

三 グランテールの魔睡

 ボシュエの炯眼によって、コラント亭は彼らの本拠地となった。酒樽や馬車で街路をふさいだ。二人の女中も働いた。ユシュルーのかみさんは、「ああ世の中もおしまいだ。」とつぶやいた。アンジョルラスは、グランテールの酔いがひどいので、どこか別の場所へ行って酔いを醒ませと言ったが、「ここに僕を眠らしてくれたまえ……死ぬるまで。」と言って寝てしまった。

 

――たちまちのうちに街路の奥も右も左も、商店、仕事場、大門、窓、鎧戸、屋根窓、あらゆる雨戸、すべてが一階から屋根に至るまで閉ざされてしまった。

――ジョリーは上かみさんのしわよった赤い太い首に脣くちづけをしてやって、それからグランテールに言った。

「おいきび、僕はいつも女の首ってぼのはこのぶえもなく美妙なぼのと考えるね。」

――グランテールは無上の酔いきげんに達していた。マトロートが二階に上がってくると、彼女の腰をとらえて、盛んな笑い声を窓から外に送った。

――「黙れ、酒樽めが!」とクールフェーラックは言った。

――アンジョーラにはスパルタ人の面影と清教徒の面影とがあった。テルモピレーにてレオニダスとともに死し、クロンウェルとともにドロゲダの町を焼き払うのに、彼はふさわしい男だった。

――「グランテール!」と彼は叫んだ、「他の所で一眠りして酔いをさましてこい。ここは熱血児の場所で、酔っ払いの場所ではない。君は防寨の汚れだ。」

 

四 寡婦ユシュルーに対する慰謝

 バオレルはバリケードができて狂喜した。クールフェーラックは、おかしな理屈をつけて、テーブルを持ち出した。そして、生き生きとしたガヴローシュ。

 

――アンジョーラとコンブフェールとクールフェーラックとがすべてを指揮していた。そして今や二つの防寨が、コラント亭を基点として直角をなすように同時に築かれていた。大きい方はシャンヴルリー街をふさぎ、も一つはモンデトゥール街のシーニュ街の方面をふさいでいた。

 

――ビエット街の角かどで一隊のうちにはいってきたのを見つけた背の高い男は、小さな方の防寨で働いていて、はなはだ役に立っていた。ガヴローシュは大きい方の防寨で働いていた。クールフェーラックの家で待っていてマリユスのことを尋ねた若者は、乗り合い馬車をひっくり返す頃から姿を隠してしまった。

 

――ガヴローシュは、すっかり有頂天になり顔を輝かして、推進機の役目をしていた。行き、きたり、上り、下り、また上り、騒ぎ、叫んでいた。あたかも一同に元気をつけるためにきてるかのようだった。

 

五 準備

 バリケードは完成した。クールフェーラックが、アンジョルラスの持ってきた火薬を分配した。」

――二つの防寨の工事が終わり赤旗が掲げられると、人々は居酒屋の外にテーブルを一つ持ち出した。クールフェーラックはその上に上がった。アンジョーラが四角な箱を持ってき、クールフェーラックがそれを開いた。中には弾薬がいっぱいはいっていた。その弾薬を見ると、勇敢な人々はおどり上がった。そしてちょっと静まり返った。

 

――かく防寨を築き、部署を定め、銃には弾をこめ、見張りを出し、もはや人通りもない恐ろしい街路に残り、人の気配もしない黙々たる死んだような人家に囲まれ、しだいに濃くなってゆく夕闇のうちに包まれ、一種悲壮な恐ろしい気がこもっていて何かが進んでくるように思われる闇と沈黙とのうちにあって、孤立し武装し決意し落ち着いて、彼らは待ち受けた。

 

六 待つ間

 戦いを待つ間。ジャン・プルーヴェールが歌う。 Drink with me

 

――コンブフェール、クールフェーラック、ジャン・プルーヴェール、フイイー、ボシュエ、ジョリー、バオレル、および他の数名の者らは、互いに学生間でむだ話にふける平常の時のように、いっしょに寄り集まり、あなぐらと変化した居酒屋の片すみ、築かれた角面堡から二、三歩の所で、装薬し実弾をこめたカラビン銃を椅子の背に立てかけて、愉快なる青年らではないか、危急のまぎわにありながら恋の詩を吟じ始めた。

――その時、その場所、浮かびくる青春の思い出、空に輝きそめる二、三の星、人無き街路の寂寞たる静けさ、準備されている厳正なる事変の急迫、それらは、前に述べたとおり叙情詩人であるジャン・プルーヴェールが暗闇の中で低唱する右の詩句に、一種悲痛な魅力を与えていた。

 

七 ビエット街にて列に加わりし男

 ガヴローシュは、ビエット街で加わった男の正体に気づく。そして、アンジョルラスに報告。「あいつは回し者だ。」。アンジョルラスらは、ジャヴェールを捕らえる。

――アンジョーラは、男に近づいていって尋ねた。

「君はだれだ?」

 その突然の問いに、男ははっとして顔を上げた。彼はアンジョーラの澄み切った瞳ひとみの奥をのぞき込んで、その考えを読み取ったらしかった。そして世に最も人を見下げた力強い決然たる微笑を浮かべて、昂然としたいかめしい調子で答えた。

「わかってる……そのとおりだ!」

「君はスパイなのか。」

「政府の役人だ。」

「名前は?」

「ジャヴェル。」

 アンジョーラは四人の者に合い図をした。するとたちまちのうちに、振り返る間もなくジャヴェルは、首筋をつかまれ、投げ倒され、縛り上げられ、身体を検査された。

 

――ジャヴェルは柱を背に負い、身動きもできないほど繩で巻きつけられていたが、かつて嘘うそを言ったことのない男にふさわしい勇敢な沈着さで頭を上げていた。

「こいつはスパイだ。」とアンジョーラは言った。

 そして彼はジャヴェルの方へ向いた。

「防寨が陥る十分前に君を銃殺してやる。」

 ジャヴェルはその最も傲然ごうぜんたる調子で言い返した。

「なぜすぐにしない?」
「火薬を倹約するためだ。」
「では刃物でやったらどうだ。」
「間諜、」と麗わしいアンジョーラは言った、「われわれは審判者だ屠殺者ではない。

 

八 ル・カビュクと呼ばるる男に関する疑問

 途中から加わったル・カブュクという男が、バリケードの奥にある六階建ての人家に目をつけた。あの家から射撃したらよいと考え、その家の門を叩いた。門を開けないと言い張る門番の老人を、ル・カブュクは射殺した。「このとおりだ!」とル・カブュクが言い終わらないうちに、「ひざまずけ」と、手にピストルを持ったアンジョルラスが現れ、ル・カブュクを射殺した。そして、演説。「われわれも君と運命を共にする。」とコンブフェールは叫んだ。のちにわかったことだが、ル・カブュクの正体は、警官であり、クラクズーでもあった。朝、クールフェーラックの家にマリウスを探しに来た青年の姿が、再びバリケードに現れた。

 

――ル・カブュクは取りひしがれて、もうのがれようともせず、ただ全身を震わしていた。アンジョーラは手を放して、時計を取り出した。

「気を落ちつけろ。」と彼は言った。「祈るか考えるかするがいい。一分間の猶予を与えてやる。」

「許して下さい!」と殺害者はつぶやいた。それから頭を下げて、舌の回らぬわめき声を立てた。

 アンジョーラは時計を見つめていたが、一分間過ぎるとそれを内隠しに納めた。それから、わめきながらうずくまってるル・カブュクの頭髪をつかみ、その耳にピストルの先をあてがった。最も恐るべき暴挙のうちに平然と加入してきた多くの勇敢な人々も、顔をそむけた。

 一発のピストルの音がして、殺害者は額から先に地面の上に倒れた。アンジョーラはすっくと背を伸ばし、信念のこもったいかめしい目つきであたりを見回した。

 それから彼は死体を蹴やって言った。

「そいつを外に投げすてろ。」

 

――あの男がなしたことは憎むべきものである、僕がなしたことは恐るべきものである。彼は人を殺した、それゆえに僕は彼を殺した。反乱にも規律が必要であるから、僕はそれをなさなければならなかった。殺害は、他におけるよりもわれわれの間においていっそう罪悪となる。われわれは革命に監視されている。われわれは共和の牧師である、われわれは義務の生贄である。

 

――戦いの後に、すべての死体が収容所に運ばれて探査された時、ル・カブュクの懐中から警官のカードが一つ現われた。

 

――不思議ではあるがたぶん事実らしい警察の言い伝えによると、ル・カブュクは実はクラクズーだったというのである。実際、ル・カブュクが死んで以来クラクズーのことは一度も出てこなくなった。クラクズーの消滅の経路はまったくわからなくなっている。あたかも彼は目に見えないものに化してしまったがようである。彼の生涯は暗黒であり、その終わりは闇夜であった。