ビクトル・ユーゴー『レ・ミゼラブル』読書メモ⑥

 

ビクトル・ユーゴー Victor Hugo 豊島与志雄訳 レ・ミゼラブル LES MISERABLES 第一部 ファンティーヌ (aozora.gr.jp)

 

※ ―― …引用部分。

※ 緑文字 …映画と関連した描写。

 

 

第六編 ジャヴェル

一 安息のはじめ

 ファンティーヌは、マドレーヌ氏の住宅にある病舎に移された。神をめぐる二人のやりとり。一方、ジャベールは警視総監の秘書に手紙を送る。マドレーヌ氏は、テナルディエにコゼットを連れて来るように催促するが、いろいろな口実を設けて、なかなか手放したがらない。

 ――マドレーヌ氏は自分の住宅のうちにある病舎にファンティーヌを移させ、そこの修道女たちに託した。修道女たちは彼女をベッドに休ませた。激しい熱が襲ってきていた。

 ――ジャヴェルの方では、その晩一つの手紙を書いた。翌朝自らそれをモントルイュ・スュール・メールの郵便局に持って行った。それはパリーへ送ったもので、あて名には警視総監秘書シャブーイエ殿としてあった。

 

二 ジャン変じてシャンとなる話

 ジャベールは、マドレーヌ市長に謝罪し、厳しく罰してほしいと言う。ジャベールは、あの一件のあと、マドレーヌ市長を前科者ジャン・ヴァルジャンとして告発した。しかし、ちょうどそのとき、真のジャン・ヴァルジャンが発見される。ジャベール自身もその目で確かめ、市長への疑いが誤りであったことを理解したのだった。ジャベールは、明日、ジャン・ヴァルジャンの判決が、下ると言う。マドレーヌ市長は、ジャベールに、今後も職務に励むようにと言った。

 

 ――ジャヴェルは自分の方に背を向けている市長にうやうやしく礼をした。が市長は彼の方へ目を向けないで、続けて記録に書き込んでいた。

 ――部屋にはいって来るや、何らの怨恨も憤りも軽侮も含まない目付きで、マドレーヌ氏の前に身をかがめ、それから市長の肱掛椅子の後ろ数歩の所に立ち止まったのだった。

 ――「さて、何ですか、どうかしたのですか、ジャヴェル君。」

 ジャヴェルは何か考え込んでいるかのようにちょっと黙っていたが、やがてなお率直さを失わない悲しげな荘重さをもって声を立てて言った。

「はい、市長殿、有罪な行為がなされたのです。」

「どういうことです?」

「下級の一役人が重大な仕方である行政官に敬意を失しました。私は自分の義務としてその事実を報告に参ったのです。」

「その役人というのはいったいだれです。」とマドレーヌ氏は尋ねた。

「私です。」とジェヴェルは言った。

「君ですって。」

「私です。」

「そしてその役人に不満なはずの行政官というのはだれです。」

「市長殿、あなたです。」

 マドレーヌ氏は椅子の上に身を起こした。ジャヴェルはなお目を伏せながらまじめに続けた。

「市長殿、私の免職を当局に申し立てられんことをお願いに上がったのです。」

 マドレーヌ氏は驚いて何か言おうとした。ジャヴェルはそれをさえぎった。

「あなたは私の方から辞職すべきだとおっしゃるでしょう。しかしそれでは足りません。自ら辞職するのはまだ名誉なことです。私は失錯をしたのです。罰せらるべきです。私は放逐せられなければいけないのです。」

 そしてちょっと言葉を切ってまたつけ加えた。

「市長殿、あなたは先日私に対して不当にも苛酷であられました。今日は正当に苛酷であられなければいけません。」

 ――ジャン・ヴァルジャンというのです。それは二十年前私がツーロンで副看守をしていた時見たことのある囚人です。徒刑場を出てそのジャン・ヴァルジャンは、ある司教の家で窃盗を働いたらしいのです、それからまた、街道でサヴォアの少年を脅かして何かを強奪したらしいのです。八年前から彼は姿をくらまして、だれもその男がどうなったか知る者はなかったのですが、なお捜索は続けられていました。私は想像をめぐらして……ついにそのことをやってしまったのです。怒りに駆られたのです。私はあなたを警視庁へ告発しました。

 ――ジャヴェル君、君はりっぱな人だ、私は君を尊敬しています。君は自分で自分の過失を大きく見すぎているのです。その上、このことはただ私一個に関する非礼にすぎません。ジャヴェル君、君は罰を受けるどころか昇進の価値があります。私は君に職にとどまっていてもらいたいのです。

 ――市長殿、私はあなたが私を穏和に取り扱われることを望みません。あなたが他人に親切を向けられるのを見て私はかなり憤慨しました。そしてあなたの親切が私自身に向けられるのを欲しません。