トルストイ『戦争と平和』人物事典29(267~275人目)

 

・トプチェンコ曹長(2-2-16)…パヴログラード軽騎兵連隊所属。デニーソフのところへ行き、何やら報告している。そして、金を受け取ろうとするが、デニーソフの財布が消えていた。1807年の食糧難のときには、隊の連中にマーシカの根を食べさせるなと、デニーソフに激怒されている。

・トマス・ア・ケンピス(2-2-3)…ピエールが読んでいた本の作者。神秘思想家。ピエールに理解できるはずもなく……。

・ド・カストレ…元帥の副官。バラショフを宿舎に案内した。

・ド・ボーセ(3-2-26)…フランス皇帝の宮内長官。旅行好き。ボロジノ会戦を明日に控えた8月25日、パリからナポレオンの本営にやって来た。ブルボン王朝の老臣だけが知っているフランス宮廷のお辞儀の仕方で、お辞儀をして、封書を差し出した。ボロジノ会戦中に、朝から腹を減らしている。ナポレオンに歩み寄り、朝食をとることをうやうやしく申し出たが、「あちらへ行きたまえ」と不機嫌そうに言われた。ド・ボーセは、うっとりした微笑を浮かべている。ひとりだけが事態を理解できていなかったようだ。

・ドミートリー・オヌーフリイチ(1-1-18)…ワシーリー公爵家の弁護士。ピエールに利するような遺言が残っていたら、ワシーリー公爵は何も相続できなくなると言った。

・ドミートリー・セルゲーヴィチ(3-2-20)…ボロジノ前日、ピエールに会ったボリスは、「トランプでもやろうじゃありませんか。たしかドミートリー・セルゲーヴィチをご存じでしたね? 彼の宿舎は、ほらあの家ですよ」と、ゴールキ村の三軒目の家を示した。

 

 ★・ドミートリー・ワシーリエヴィチ(1-1-7)

 

 

 ロストフ家で養育された貴族の子弟で、主人の用事を一手に引き受ける執事。切り盛りが下手。

 

 

 伯爵に今すぐ700ルーブル用意するように言われ、「じつはその……」と一瞬ためらったが、伯爵が怒り出しそうだったので、「いや、どうかご心配なく」と請け合った。のちに、ロストフ家は破産寸前であることが明らかになる。

 戦地から帰って来たニコライを、馬車で迎えに行く。バグラチオン歓迎パーティーのために、郊外の領地まで行って、花をそろえるように命じられる。

 母親に火の車だと泣きつかれたニコライが連隊から帰郷したとき、破産の黒幕として、「この盗人め! 恩知らずめ!ちくしょう、真っ二つにしてやる! 俺はおやじとちがうぞ! さんざんちょろまかしやがって!」とニコライに蹴飛ばされ、例の花壇に隠れた。その後、ロストフ公爵のとりなしで、なんとかなった。

 クリスマス週間では、ナターシャの歌が聞こえたため、伯爵は、「授業の終わり際に早く遊びに行こうとあせっている生徒のように、執事に指示する言葉がしどろもどろになって」しまった。執事も、黙って耳を傾けながら、苦笑を浮かべて伯爵の前に立ち尽くした。

 伯爵の死後、彼のような祝儀にもらった空手形をもった連中がもっともうるさい債権者となった。

 

・ドルゴルーキー公爵(1740~1830年) (2-1-2)…退役将軍。元モスクワ軍務知事。クラブで従来会話の方向付けをしてきた面々のひとり。アウステルリッツ以降、顔を見せなくなった。現在の敗北を過去の勝利の記憶で慰めるため、「ひと盛りひと盛りの粘土が虚像を作る」という彼の格言が、戦後のモスクワでくり返された。

 

 ☆・ドルゴルーコフ公爵(1-3-9)

 

 

 ヴィシャウ会戦に登場する歴史上の人物。侍従武官。アンドレイの親友という設定になっている。アウステルリッツの直前に、アンドレイがボリスを紹介した相手。熱烈な会戦論者で、ワイローターの作戦のすばらしさを素直に認め、「ボナパルトもすっかり焼きが回ったね」と言っている。ボリスの手を握りながら、「親切で活気あふれる軽薄さの表情が浮かんでいた」。

 ヴィシャウ会戦で勝利し、皇帝の代理として、ナポレオンとの交渉に派遣され、戻って来て、長いこと皇帝と差し向かいで話す。自分の勝利で完全に油断したのか、「前祝いだよ」などと言いながら、ビリービンとお茶を飲んでいる。アンドレイとビリービン相手に、ナポレオンと面会したときの印象を問われ、「彼は何より決戦を恐れているね」と答えている。ナポレオンの「おびえたふりをする作戦」に、まんまとひっかかってしまった。

 

 開戦直前にフランス軍の喚声が聞こえても、退却をカムフラージュするためにわざと騒いでいるのだと主張して、バグラチオンをあきれさせた。ニコライが志願して偵察に行った。その後は登場しない。