トルストイ『戦争と平和』人物事典24(236~245人目)

 

 ☆・チホン・シデェルバートゥイ(4-3-5)

 

 デニーソフの隊でもっとも必要な人間のひとり。デニーソフがパルチザン活動を始めたてのころに出会う。「おれは、ただ、気晴らしに若い奴らとふざけただけだ。略奪兵どもはたしかに20人ばかしぶち殺したが、別に悪いことをしたわけじゃねえ……」。チホンは隊にまつわりついて、隊にとどめてほしいと頼んだ。徒歩だったが、騎兵におくれたことはなかった。

 困難な仕事は、「あの鬼にできねえことがあるもんか、なにしろ人間並みじゃねえからな」と、みんなチホンを指差してにやにや笑った。チホンが捕らえたフランス兵がピストルを発射して、背中の肉に刺さったが、チホンはこの傷を「内からも外からもウォトカだけで直した」。これは隊中でもっとも愉快な冗談の種になり、チホンもこの冗談でからかわれるのを好んだ。

 フランス兵をひとり捕らえたが満足できなかったのか、朝まで寝過ごしたのか、日が高くなってから、フランス軍のど真ん中に忍び込んだため、フランス兵に発見されることになった。デニーソフの姿を見ると走って来て、笑いをこらえているような目で見上げる。どこへ行っていたのかと問われると、「フランス兵狩り」だと答える。「なぜ昼間にしのびこんだりするのだ? 馬鹿者! なぜ捕まえなかった!」と怒られると、捕まえたがみっともない奴だったので、別の奴をつかまえにもう一度陣地へ行ったと答える。そして、ちょうどいい相手を見つけたが、仲間が4人もいた……チホンは両手を振り回しつつ、そのときの様子を説明する。コサック大尉が、「そこはわれわれが丘の上から見ていたよ。おまえが水にとびこんで逃げるところをな」と言ったので、ペーチャは笑いそうになった。デニーソフは、「よし、きさまに熱いやつを百もくらわせてやる、そのうえばかをこくがいいわ」と腹を立てている。みんなでチホンをからかっていると、ペーチャは、チホンがその男を殺したことに思い当たり、気づまりになった。

 

・チャトローフ将軍(2-5-3)…ボルコンスキー老公爵の古い戦友。2011年の会食の出席者。

 

 

 ・チャルトリシスキー(1-3-9)

 

 

 実在の外務大臣。アレクサンドル1世の寵臣。文官服を着た小柄な男。頭のよさそうな顔に、しゃくれたアゴ。

 アウステルリッツ開戦前に、廊下ですれ違ったアンドレイに、挨拶させるか道を譲らせるかしようとしたが、アンドレイは憎しみに満ちた表情で、どちらもしなかった。アンドレイは、「ああいう連中が、諸国民の運命を決めてしまうのだ」と言っている。

 ヴィシャウの戦いの際に、アレクサンドル皇帝が「なんと恐ろしいものだろう、戦争とは」と言ったのを聞いたそうだ。アウステルリッツでアレクサンドル1世の随員となっていた陽気な若者のひとりだが、アウステルリッツの翌年解任され、スペランスキーが実権を握るようになった。

 

 

・チュレンヌ伯爵(3-1-5)…バラショフのところに行き、ナポレオンが謁見する意向を伝えた。

・調書作成係(2-2-11)…義勇軍司令になったボルコンスキー老公爵のもとで働いている。義勇兵たちのブーツを何足かかすめととっていた。アンドレイが止めなければ、絞首刑にされるところだった。

・調馬師(3-2-30)…8月26日のボロジノ会戦の日、いつまでも寝ているピエールをゆすぶった。「旦那様、旦那様……」。とても目を覚ましそうもないのであきらめ、ピエールのほうを見もせずに、しつこく肩をゆすぶりながら、呼び続けた。「何だ? 始まったのか? もう時間か?」とピエールは寝ぼけ声で言った。夕方、宿の前を通り過ぎようとしているピエールを見つけて、「おや、旦那さまじゃありませんか」と、声をかけた。

・チョレンヌ伯爵(3-1-6)…バラショフを大謁見室に導いた。

・ディムラー(2-4-10)…ロストフ伯爵の屋敷に住み込んでいる音楽家。ナターシャにリクエストされて、フィールドの夜想曲を弾く。「お若い皆さんはずいぶんおとなしく座っていますね!」と言うと、ナターシャは「ええ哲学を語っていますの」と答えた。演奏が終わっても、三人が話しているので、まだ演奏を続けようかやめようか、迷っている風情だった。そして、「私もまぜてもらっていいかな」「永遠というものを思い浮かべるのはわれわれには難しいな」と言った。さらに、ナターシャの歌に感動し、「これはヨーロッパ級の才能です。お嬢様には、もう学ぶべきことはありません。この柔らかさ、やさしさ、力があれば……」と言った。

 

 ☆・ティモーヒン(1-2-2)

閲兵式

 ポドリスク連隊の第三中隊長。赤鼻大尉。第三中隊所属のドーロホフが「青いラシャ地の外套」を着ていたので、とばっちりで怒られる。イズマイル戦以来のクトゥーゾフの戦友として、声をかけられた。「あの男の弱点は、酒神バッカスを崇め奉るところだったな」。閲兵後、連隊長から仲直りの握手を求められた。ティモーヒンは、横にいた下士官に、「どうだい、うちの連隊長は、本当に良い人だろう。あの人となら、一緒にご奉公できるってもんだ」と語りかけた。

 

 

シェーングラーベン

 ティモーヒンの中隊だけが逃げることなく、フランス兵を急襲した。「酔っ払いのような常軌を逸した大胆さで剣だけを振りかざして敵に向かって行った」ので、フランス兵は散り散りになった。ドーロホフも、このときの手柄で、再び将校に返り咲くことになる。

 

ボロジノ会戦

 ポドリスク連隊壊滅後は、アンドレイの部隊に属していた。少佐になっている。1812年戦争開戦前に、アンドレイは、机上の作戦を練るだけのドイツのヴォリツォーゲンとの対比で、「明日に必要なもの、それはティモーヒンの中にあるのさ」と言った。ボロジノの会戦で片足をやられて、アンドレイ公爵と一緒に運ばれた。足の傷はうずくが、命に別状はなさそう。アンドレイとナターシャの再会を、つぶさに見ていた。裸の身体をシーツで隠しながら、ベンチの上にちぢこまっている。

 

・デサール(2-5-21)…アンドレイが息子の家庭教師のために連れて来たスイス人家庭教師。アンドレイは、「教養と徳はあるが、視野のせまい、学者ぶった教師」と見た。

 8月1日のアンドレイからの手紙を見て、老公爵に「戦場がすぐ近くに迫ることも、大いにありうることと思われますが」「手紙にヴィテブスクのことが書いてありますが……」と伝えたが、老公爵は1807年の戦争と混同しており、話がかみあわない。デサールはとまどいつつ、沈黙した。

 その後、マリヤに面会をもとめて、安全確認のためにスモーレンスク県知事に手紙を書いて、アルパートイチに持たせるように提案した。エピローグでは、家を訪れたピエールを迎えている。

・デッセ…ボロジノ会戦では右師団。フリアンと共に、小規模な砲兵師団を率いる。