トルストイ『戦争と平和』人物事典15(119~136人目)
・クラーキン公爵(3-1-3)…フランス駐在ロシア大使。旅券の交付を申請して、受理されなかった。この旅券申請の一件以降、ナポレオンは、ロシアを敵国とみなしていたため、ニーメン渡河の際に宣戦布告を行わなかった。このことにアレクサンドル皇帝は腹を立てた。
・クラーギン家の住み込み家庭教師…スイス人。フリーメイソン。ピエール入会の儀式のとき、会場にいた。
・クラーギン夫人…ワシーリー公爵の妻。ほとんど登場しない。娘への嫉妬に苦しんでいるようだ。かつては美しかったが、今ではどっしりと肥えた堂々とした女性。エレーヌの聖名日の場面で登場するが、きわめて影が薄い。ピエールとエレーヌの結婚が進められている件について、「もちろんこれはよい縁組ですよ、ただ幸福というものはねえ……」と言っている。まともな人っぽい。エレーヌが離縁された後、ピエールを泣く泣く訪ねて、エレーヌと会ってほしい、エレーヌは罪を犯していないと訴えた。ピエールはエレーヌとよりを戻すことになる。
エレーヌが三人の男の妻となろうとしていたとき、そのうちの一人が公爵夫人に近い人物だったので、エレーヌのたくらみを認めたくなかった。ロシアの司祭を呼んで、福音書を根拠にエレーヌを非難したが、異国の王子まで出現したため、娘が正しいと認めざるを得なかった。「あの娘が正しいのだわ。もう帰らない青春の華やかな時代に、どうしてわたしたちはこんなことを知らなかったのかしら?」と、母もまた娘と同じ気性であることが明らかになる。
・クラウゼヴィツ…プロイセンの将軍。『戦争論』などの著者。ボロジノ前日、アンドレイとピエールが話しているところに通りかかる。戦争は広い地域に移されねばならぬという見解に賛成しているようだ。
・クラパレード…ボロジノで、増援にはベルチエがクラパレードがふさわしいと言ったが、ナポレオンは、フリアンに切り替えた。
・クリステン⇒キルステン
・クリュチャレフ(3-3-25)…中央郵便局長。フリーメイソン。ラストプチンは、宣伝ビラ事件によって、この男を検挙したかったが、ヴェレシチャーギンがしらを切ったので、別の罪状で追放になった。ピエールは、クリュリャレフをかばったので、ラストプチンにマークされることになる。
・グランドマスター(2-2-4)…フリーメイソンの支部長。ピエール入会のときに、純白のエプロンと手袋を渡し、儀式のしめくくりをおこなった。外面的な形式を厳格に守ることに重きを置くフリーメイソンのひとり。
・クルークさん(2-2-6)…アンナ・パーヴロヴナの夜会に参加したコペンハーゲン代理公使。オーストリアとの同盟を結ぶことに、オーストリア側が疑念を持っているというウィーン内閣の言葉を伝えた。
・グレコフ少将(4-2-6)…オルロフ伯爵のところへ来た脱走兵の士官に同行して、コサック二個師団を率いて、ミュラー捕縛に向かった。しかし、脱走兵がいつわりの逃亡兵であることに気づいたオルロフが、部隊を戻させた。
・クレマン(4-3-9)…フランス陣地を偵察に行ったドーロホフに、背の高い士官が「やあ、クレマンかい」と声をかける。人違いだと知って、気まずそうにあいさつをかわした。
・グローガウ…プロイセンの守備隊長。ナポレオンに攻められたときに、一万の兵を擁しながら、どうすべきかと王にお伺いを立てる始末。
・クロサール…スペイン軍服を着たフランス人。ボロジノ撤退後、ロシア軍に勤務していた諸侯の一人と、モスクワ防衛を予測していた。
・軍事大臣(1-2-9)…ブルノに戦勝報告に来たアンドレイをさんざん待たせて、「さぞかし吉報でしょうな? モルチエと会戦したのですな? 勝ち戦でしょう? そろそろ勝ってもいいころですからな!」と、出鼻をくじいた。勝利よりも、将軍シュミットを失ったことに衝撃を受けていた。モルチエを取り逃したことも、この勝利をあまり評価していない理由だった。実は、ウィーンをナポレオンに奪われていたので、この勝利に喜ぶわけにはいかなかった。
・軍医1(3-2-20)…ピエールの知人の軍医。ボロジノ見物に来たピエールに驚く。「ええ、ちょっと見たいと思いましてね……」「ほう、なるほどそりゃ見るものはあるでしょうな……」。軍医は大公爵殿下に頼むといいと言った。そして、陣地について問われると、それはわたしの領分じゃないので、タターリノヴォの丘へのぼるとよく見えるとだけ教えた。そして、「伯爵、明日は決戦ですよ。十万の軍ですから少なく見ても二万の負傷者を考えなけりゃなりません。ところが担架も、ベッドも、看護兵も、軍医も、六千人分に足りんありさまですよ」と言った。
・軍医2(3-1-3)…パヴログラード軽騎兵師団の軍医。マリヤ・ヘイリホーヴナの夫。妻が王様ゲームをして盛り上がっていたので、陰気な顔で妻を横眼でにらんだ。
・軍医3(3-2-37)…ボロジノの眼鏡の軍医。一方の手の親指と小指でシガーをはさみながら、休憩のために天幕から出て来たところ、衛生兵に呼ばれ、「よし、すぐやる」と、負傷したアンドレイを天幕内へ運ぶ。そして、タタール人の背中を切開し、アナトールの足を切断し、アンドレイの大腿部の砕けた骨を摘出した。夜更け、マヴルーシカに門内に案内され、ロストフ伯爵邸に負傷者(アンドレイ)を運び入れる。
・軍医の妻(1-2-13)…第7狙撃連隊付きの軍医の妻。風変わりな幌馬車に乗っている。アンドレイが総司令官の居場所を聞こうとして輸送隊に近づくと、輸送隊に足止めされている馬車の中から、身も世もないような叫び声を上げた。輸送隊の将校が、この馬車の御者役の兵士を制するために、鞭を振り上げていたのだった。軍医の妻は、アンドレイを呼び止め、「どうかお願い……助けてください…‥‥」と言い、隊から離れてしまったのだと事情を説明する。アンドレイが、酔った将校を追い払ってくれたので、アンドレイに感謝した。
・郡の貴族会長(3-2-8)…ボルコンスキー老爵の死の直前、マドモワゼル・ブリエンヌとともにマリヤのところへやって来て、早急な避難の必要を説いた。「お嬢さま、神の御意が成就されようとしています。お心をしっかりもたねばなりませんよ」と言ったが、マリヤは「わたしをとめないで、そんなの嘘です!」と叫んだ。