トルストイ『戦争と平和』人物事典8(37~51人目)

・イラーギン(2-4-6)…1810年のオトラードノエの登場人物。狩りに夢中になる人物のひとり。イラーギン家は、ロストフ家の猟場で猟をして、ロストフ家の猟師とトラブルになっている。狼狩りのときにも喧嘩になりそうになるが、イラーギンがニコライとの親交を求めていたので、問題は起きなかった。その後、ニコライとイラーギンは一緒に兎合戦をした。イラーギンは、それまで紳士的な落ち着いた態度だったのが打って変わって、「エルザや!たのんだぞ!」と悲鳴のような声で叫んだ。エルザが捕えたかと思われた直後、兎はひらりと身をかわす。最終的に、セミョーンのルガイが勝利をおさめて、イラーギンの馬丁は、「いや、これはまたひどい番狂わせだな」と言った。イラーギンも「うちのやつが失敗したからだ、あれだけ追い詰めたあとなら、そこいらの番犬でも捕まえられるさ」と悔しそうに言って、ニコライと別れを告げた。

・イリイン(3-1-12)…1812年に登場するニコライお気に入りの若い士官。16歳。7年前のデニーソフとニコライのような関係性。何事もニコライの真似をしたがる。8月17日、ニコライとともに、新しく買った馬の試乗もかねて、糧秣徴発に向かった。百姓に「おめえさん方はどっちだね?」と問われて、「フランス軍だ」とにやにやして答えている。地主屋敷からやって来たドゥニャーシャに、「美しい娘さん、何か用かね」と聞いた。そして、彼女に「ばら色ちゃん」とあだ名をつけて、ニコライに素敵でしたよと報告したが、ニコライはそれどころではなかった。この時の救出劇が、ニコライとマリヤの結婚につながった。

・イリヤ・アンドレーエヴィチ伯爵⇒ロストフ伯爵

・イリヤ・イワーノヴィチ(1-3-18)…陛下の馬車の御者。皇帝以外はお乗せしない。ひかえよ。

・イリヤ・ミトロファーヌイチ(エピ)…タンボフ県の村の管理人。ニコライに、森がやがて8万ルーブルになると知らせた。近々オトラードノエを買い戻す希望をニコライに与えた。

・イリヤ・ロストフ⇒ロストフ伯爵

・イリユーシカ(2-1-2)…ジプシー合唱団を率いている。ロストフ伯爵が、バグラチオン歓迎パーティーのときに、ニコライに呼んでこさせた。イリヤ・ソロコフがモデル。ドーロホフ傷心パーティーのときも、あとでイリユーシカの合唱隊が呼ばれることになっている。

・イワヌーシカ(2-2-13)…マリヤのところにやってきた巡礼。修道士の衣をまとって鼻の長い長髪の少年と紹介されているが、実は女だった。入って来たピエールとアンドレイを、ずるがしこそうな目で様子をうかがった。そして、女性特有の抜け目ない目つきで、若い男たちを眺めた。

・イワン(2-4-6)…ロストフ家の猟師。1810年の狼狩りの際に、イラーギンのところの猟師に獲物を横取りされて、憤懣やるかたない表情をしている。片目に殴られたあとがある。「うちの追い犬の鼻先から獲物をかすめ取ろうとしやがるんですよ! それも俺の灰色の牝犬が捕まえたやつをね。訴えて出てやるぞ!」。その後、ニコライとイラーギンが仲良くなって、無事解決した。

・イワン・シドールイチ(3-3-21)…顔つきのけわしい痩せた商人。モスクワ放棄の際に、士官に「おい! 泣きごとを言ってもむだだよ! 首をはねられてから、髪の毛を惜しんでもはじまらねえさ。何でも好きなものをもっていきな!」と、やけくそみたいに言った。別の商人に、「ふん、イワン・シドールイチ、せいぜい御託を並べな」と言われたので、「おれはな、三軒の店に、十万からの品物があるんだぜ。軍に逃げられて、それをどうして守るんだよ。わからねえやつらだ、神様のお力は人間の手じゃ、どうにもならねえのよ!」と言い返した。

・イワン・ルキッチ(1-2-15)…ドーロホフ所属部隊の中隊長。最前線でドーロホフとシードロフが敵の擲弾兵とののしり合い、「行きましょう、イワン・ルキッチ」と、ドーロホフが彼に声をかけた。

・イワン・ワシーリエヴィチ・D氏(2-3-7)…フリーメイソンの一員。実生活では、おおむね弱虫でちっぽけな人間。

・ウヴァールカ(2-4-3)…1810年の狼狩りの際に、ダニーロに言われて明け方に偵察に出ている。

・ウヴァーロフ(1769~1824年) (1-3-17)…アウステルリッツで、バグラチオンのすぐ左に陣取っていた。ボロジノでは、正午ごろに示威行動を行う。騎兵隊が左翼からフランス軍を敗走された。ボロジノ後の作戦会議では、最上席のバルクライの横に座った。性急な身振りと低い声で、何やらバルクライに伝えていた。実在の人物だが、影が薄い。

・ヴァルーエフ(1743~1814年) (2-1-2)…考古学者で二等文官。クラブで従来会話の方向付けをしてきた面々のひとり。アウステルリッツ以降、顔を見せなくなった。イギリスクラブでのバグラチオン歓迎パーティーに出席。その後、アンナ・パーヴロヴナの夜会に再び参加し、冗談を飛ばしている。

・ヴァンサン・ボッス⇒ヴェセンニイ

・ヴィトゲンシュタイン(3-3-13)…ペテルブルグの英雄と賞賛されている。クトゥーゾフ死後の総司令官(なので、物語にはほとんど登場しない)。ラストプチンの布告には、彼がフランス軍を打ち破ったことや、多くの市民が武器を持つことを望んでいることが書かれていた。

 

 

 ☆・ヴィラールスキー伯爵(1788~1856年) (2-2-3)

 

 

 フリーメイソンの老人(バズデーエフ)が、ピエールに紹介した人物。モデルは、ポーランド出身の音楽家ミハイル・ヴィエリゴルスキー。ピエールの部屋をおとずれ、バズデーエフから保証人になるように命じられたと言う。神を信じるかと問い、ピエールが信じると答えると、結社の支部にピエールを連れて行き、試験を受けさせた。彼は、外面的な形式や儀式のみを守るタイプのフリーメイソンだった。

 物語終盤にも、ピエールを訪ねている。オリョール県の富裕なロシア婦人と結婚し、オリョール市の食糧管理部の臨時ポストについていた。領地の管理や家庭人としての幸福のために忙殺されながらも、フリーメイソンとしての情熱を保っている。ピエールを見て、「無気力とエゴイズムに堕している」ことに気付き、「かなり頭が固くおなりのようですな、あなたも」と言った。それに対して、ピエールは、自分がかつてはこのような人間だったことが奇異に思えた……と、フリーメイソンを下げることで、自分を正当化している。