トルストイ『戦争と平和』人物事典3(11~15人目)

 

・アマーリヤ・カルローヴナ⇒マドモワゼル・ブリエンヌ

・アムフィローヒー(2-2-14)…マリヤのもとに集まる巡礼の一人ペラゲーユシカの話の中で登場した神父。敬虔きわまる生涯を送ったため、手から香のかおりが発した人物。

・アメリイ…美人!!

 

 ★・アラクチェーエフ伯爵(1-3-11)

 

 

 剛腕アンドレイチ。実在の人物(1769~1834年)。1808年に陸軍大臣、1810年に国家評議会軍事部議長。1812年戦争のあと、反動化するアレクサンドル1世のもとで「アレクチェーエフ体制」を築く。物語が1825年まで描かれたなら、ピエールの敵として立ちはだかるはずだった。フランス軍のダヴーと対になるような、身内ににらみのきく権力者。同じ陣営のバラショフを妬んでいる。

 

アウステルリッツ

 

 アンドレイと話していたドルゴルーコフは、ロシアの軍人の三番手として、アラクチェーエフの名前をあげようとしたが、「神経が弱いからね」ということで、メンバー入りしなかった。

 

中盤

 

 1809年、アラクチェーエフは陸軍大臣として、権力をふるっていた。ペテルブルグの応接室で、やって来た人物を罵倒して、恥じ入らせている。アンドレイとの面会では、バカにした口調で、「法律はたくさんあって、古い法律さえ誰も守り切れないほどなのですがね。今どきは誰もが法律を作る方に回りたがります。なにせ、作る方が実行するより楽ですからね」と言った。そして、アンドレイの覚書は、フランス軍の模倣にすぎないという厳しい評価をくだした。そのうえで、軍操典委員会への参加を提案して、これがくしくも、アンドレイとスペランスキーの出会いのきっかけとなった。

 

ボロジノ

 

 元陸軍大臣。五元帥のひとり。6月13日夜会で、皇帝がバラショフの知らせを聞いた後、2人だけで庭へ行くのを見て狼狽した。毒々しい目で周囲をにらみまわして、2人のあとを追った。アレクサンドル皇帝が従軍していたときには、その周りにいた決まった職務もない大勢の高官のひとりであり、規律の執行者兼監督者、皇帝の護衛役だった。皇帝に最も信頼されていた第三の党派に属している。この派閥には、極端な第一・第二党派を折衷する廷臣たちが属していた。信念をもたぬくせにもっているように見せたがる人が常に言いたがるようなことを言ったり考えたりする。8月8日の重臣会議でクトゥーゾフを総司令官に選んだ。12月11日に皇帝とともにヴィルナに到着した。

 

エピローグ

 皇帝に安らぎを与えることのできる(邪魔者を消す)人物として、強権を手にしている。彼の本来の出番はここからだった!

 

 

・アルザス出身の若者(1-3-10)…ヴィシャウ会戦で捕虜になったフランス竜騎兵。ドイツなまりのフランス語を話す。伍長のせいで捕虜になったのだと言い張る。二言目には、「でもどうか僕のかわいい馬をいじめないでください」と付け加えている。どうやらこの青年は、自分がどこにいるかわかっていないようだった。ニコライに馬を売ったよ。

 

 

 ☆・アルパートィチ(1-3-3)

 

 

 長年ボルコンスキー老公爵の領地を管理してきた支配人。冒頭ではほとんど活躍しないが、終盤に、ボルコンスキー家の栄枯盛衰を語るための「目」となる。

 

冒頭

 

ステッキ

 ワシーリー公爵がアナトールを連れてやって来る日、雪かきをしているときに余計な一言を言ってしまい、機嫌の悪い老公爵にステッキで殴られそうになる。思わずよけるが、「主人の打擲から身をかわすなどという分をわきまえぬことをしてしまったことにうろたえ」、みずから主人に歩み寄り、禿げた頭を垂れた。

 

 

終盤

 

スモーレンスク陥落

 1812年8月1日のアンドレイの手紙によって、モスクワにフランス軍が迫っていることがわかり、前線に位置するスモーレンスク県知事のもとに、戦況確認の使者として赴いた。鐘を鳴らしながら走るのが好き。畑にそって野営地が点々としていることに驚いたが、老公爵の指示以外は、この男には存在しないも同然だった。

 8月4日にスモーレンスクに到着し、なじみの商人フェラポントフのところへ。早朝から銃声が聞こえている。知事のところへ行くと、不安を抱えた住民でごったがえしていた。日が傾くと、砲弾のさく裂したような音が聞こえた。これが、午後4時に行われたナポレオンのスモーレンスク一斉砲撃だった。しばらくすると砲弾が近くに落ちて来るようになった。女たちは地下蔵に避難した。夕暮れになって静かになると、連隊が押し合いながら退却してゆく。通りを馬車で進むことができず、兵士たちの進むのを待たねばならなかった。家々が燃えている。

 不意に声をかけられた。若公爵(アンドレイ)だった。「若、若さま……ロシアはもう滅びてしまったのですか? お父さまが……」と泣き出した。アンドレイは、「スモーレンスクは落ちた。禿山は一週間後に敵に占領されよう。すぐにモスクワに避難せよ。」とのメモを渡した。

 8月7日、ボルコンスキー老公爵一家は疎開し、アルパートゥイチは禿山に残った。

 8月10日に、アンドレイが戻って来た。アルパートィチは、膝に接吻しながら、わっと泣き出した。アンドレイに、ボルチャーロヴォへと財産を疎開させたことや、ここには百姓もほとんど残っていないことなどを伝えた。「おまえはどうするつもりだ? 敵が来ても、とどまるつもりか?」「神がわたしを守ってくださいます、神の御意におまかせします!」「では達者で暮らせよ、おまえも避難するのだな、できるだけ持っていくがよい。みんなにもリャザンかモスクワ近郊の領地へ去るように言ってやれ」と言った。

 

落日

 老公爵が亡くなる少し前にボグチャーロヴォに着いた。領地の民衆に動揺が生じていることに気づいた。マリヤの荷物を輸送する荷車を集めることを命じた日の朝、村人の寄合では、荷物の運搬を拒否して待機することが決議されていた。民衆は、フランス兵たちと接触してビラをもらい、フランスの方がコサックよりも親切だと騙されていたのだった。村長のドローンも農民の側に寝返る。「ドローン、あとで困ることになるぞ!」「どうぞご存分に! おらをやめさせてくれ! このおらに百姓どもをどうしろと言いなさるだね? ひどい騒ぎがおっぱじまってしまって。おらも言うことは言ったんだが」。アルパートゥイチは警察署長のところへ馬を飛ばした。

 その後、運良くニコライ・ロストフ王子が登場し、マリヤ・ボルコンスキー姫の身を助けた。一方、ロストフ家でも、聖女ナターシャ・ロストフが、アンドレイ・ボルコンスキーの心を救っている。アンドレイは、相手を赦すことで救われたのだった。

 

 マリヤが避難しているヤロスラーヴリの伯母のところに、経営報告のために訪れる。モスクワの屋敷がそっくり残っているので、そこへ移ってはどうかと提案する。マリヤは10月半ばにモスクワに戻ることになった。