トルストイ『戦争と平和』人物事典2(7~10人目)

 

・アニースカ(3-3-34)…マリヤ・ニコラーエヴナの女中。「あれです、あの燃えてる、あれがそうだったんです。焼け死んじゃった、わたしのだいじなカーチェチカ、わたしのかわいいお嬢ちゃま! ああっ!」と言って、ピエールを家に案内する。ピエールは無事に娘を救い、直後に捕虜になった。

・アニシヤ・フョードルヴナ(2-4-7)…オトラードノエに住むニコライの伯父(ミハイル・ニカルィチ)の自慢の奥さん。料理がとてもおいしい。ナターシャもたくさん食べた。

・アプラクシン伯爵夫人(1-1-6)…社交界で有名な人。聖名日の祝いが開かれているロストフ伯爵のところで、その名前が話題にのぼっている。ジュリーもアプラクシンのお宅へ行くらしい。ご主人を亡くして、泣き暮らしているらしい。バグラチオン歓迎パーティーにも参加していた模様だが、一切掘り下げられないまま、その姿も描かれないまま、物語は終わってしまった。

 

 ☆☆・アフローシモフ夫人(1-1-15)

 

 

 ロストフ伯爵の親戚。五十歳。太っていて野太い声をしている。いつも冗談と皮肉を飛ばしているシンシン伯父と「対」になる存在。息子たちはみな軍隊へ行き、一人娘は結婚しているので、モスクワで一人暮らしをしている。まっすぐなものの見方と、あけっぴろげで率直な言動で、「雷竜」と呼ばれて、恐れられている。物語中で唯一、アンタッチャブルな主役たち(クラーギン家のエレーヌ・ロストフ家のナターシャ・ベズーホフ家のピエール・ボルコンスキー家の老公爵)に正論をぶつけた稀有の人として、読者に強いインパクトを残す。ただ、こういうタイプの人物にありがちなように、目先のことへの批判しかできず、先を見通しは一切ないのが、玉に瑕。アフローシモフ邸が、ナターシャ誘拐事件の舞台となる。

 

冒頭

 

晩餐会にやって来た!

 1805年、ロストフ伯爵の晩餐会に来た一番の大物。

 ナターシャ(13歳)に、「ご機嫌いかがかな、コサックさん?」「とんでもないおてんば娘だってことはわかっているけど、あんたが好きだわ」と言って、洋ナシ型イヤリングを渡した。

 ピエール(20歳)に対しては、「父親が臨終の床にいるっていうのに、息子は悪ふざけして、警察署長さんを熊の背中に乗っけちまうんだならね。みっともない、まったくみっともないったらありゃしない!」とずばりと忠告した。

 ナターシャ相手にアイスクリーム論争をくり広げたり、踊りの名人であるロストフ公爵と踊ったり、ロストフ家の魅力を引き立たせている。

 

 

中盤

 

ナターシャ誘拐事件

 1811年、モスクワに出て来たロストフ一家(伯爵&ソーニャ&ナターシャ)を屋敷に迎える。ナターシャが、アンドレイとの婚約に否定的な老公爵とマリヤに傷つけられて帰って来たとき、ナターシャの泣きはらした顔に気づかぬふりを装って、動じることなく大声で冗談を飛ばした。その晩、ナターシャの気晴らしのために、オペラのチケットを渡したが、皮肉なことに、アナトールとの接点を作ってしまうことになった。ナターシャが、エレーヌの家に呼ばれたときも、クラーギン家の連中とはかかわりを持ってほしくないと言いつつ、しぶしぶ認めてしまう。

 アフローシモフ夫人は、アンドレイの婚約者であるナターシャに冷たく当たったボルコンスキー老公爵に直談判に行った。「反応も何もあるもんか。頭がおかしくなっているからね……こっちの言うことなんて聞きやしないよ。いやはや、何のことはない、二人がかりであの哀れな娘さんをさんざん苦しめただけさ」。マリヤについては、「お前のことを嫌っているんだと思われはしないかって、心配しているんだ」と言うが、ナターシャは、「ええ、あの方は私を嫌っているわ」「私、だれが何と言おうと信じない。あの方に嫌われているのは分かっているから」と、和解を拒否した。マリヤは、みずからの信仰によって寛容であれと自分に言い聞かせるが、老公爵の血を色濃く受け継いでいるので、決して不快な相手と折り合うことができない。

 数日後、ソーニャが、ナターシャが廊下で泣いているのを見つける。すべて打ち明けさせ、ナターシャの手紙も没収した(こうして誘拐計画は未然に防がれた)。アフローシモフは、「この性悪娘、恥知らずが」と言って、ナターシャを突き飛ばし、彼女を部屋に閉じ込めた。「汚らわしい、恥さらしだ……しかも私の家で、まったくたちの悪い小娘だよ」「お前は自分を辱めたのさ、最低の尻軽娘みたいにね」と正論を吐くが、ナターシャは孤独を深め、「放っておいて……お願い…‥私……死ぬわ」「私には婚約者なんていない、断ったから」「あの人はあなた方の誰よりもいい人よ」と、絶望してヒ素を飲むことになる。しかし、「ヒ素をいくらか呑み込んだところで彼女はひどく動転し、ソーニャを起こして自分のしたことを打ち明けた」おかげで助かった。その後、ピエールが、アフローシモフの言いつけ通りアナトールを追い払った。

 

終盤

 

 エレーヌは、夫がありながら、さらに二人の男と結婚しようと画策していた。取り巻き連中は、エレーヌを賢い人だと思い込んでいたので、それを正しいことだと錯覚したが、ただアフローシモフ夫人だけが、「こちらでは、生きてる夫をうっちゃって嫁に行くなんてことがはやりだしたようだね。あんたはこの新手をあみだしたのは自分だなんて、うぬぼれてんじゃないのかい? お気の毒に、出がらしでしたよ。とうの昔に考え出されたことさ。」と批判した。しかし、だれもが彼女を恐れてはいるが道化あつかいしていたので、その意見が問題になることはなかった。