The New Babylon(第三幕)

 

(第3幕) 

 

――「パリは包囲された」たなびくフランス国旗の背後に、荒涼とした大地と照り付ける太陽、一人の騎兵と傾いた裸の木が立っている。

 

 

――洗濯場の女性は、洗濯物をポトリとたらいに落とし、寒そうに両手をぐっと握る。若い女性がベッドに死んだように横たわっている。

 

――「労働者による自警団がパリを守っている」自警団の野営地では、兵士たちが白い息を吐いている。義足の男もいる。

 

 

――フランス国旗は姿を消し、太陽は沈みかけている。

 

 

――若い女性がベッドに身を横たえて力なく涙を流す。

 

 

――街頭に並んだ女性たちに、自警団の隊長っぽい男が呼びかける(ウジェーヌ・ヴァルランがモデルのようだ)。「もしパリが陥ちたなら、我ら国民軍は皆殺しだ!」「パリを陥落させないためには大砲が必要だ」と、飯盒の中へ寄付をつのる。

 

 

 かっぷくのよい洗濯おばさんは、手元の金を数える―ベッドで横になっている女性の涙が流れる―おばさんは進み出て、なけなしの金を男に渡し、「大砲のために!」。女性たちは、それぞれ男に金を渡している。

 

 

――荒野では一人の騎兵が大写しになり、太陽はまさに沈もうとしている。

 

 

――労働者街では、さきほどの洗濯おばさんが、横たわる女性の髪をやさしく撫でている(ルイーズかもしれないと思ったが、眉毛が違う。このおばさんはルイーズの母のはずなのだが……)。靴職人さんの横にはジャーナリストがいて、「パリが陥ちたとき、この戦争の代償を払うのはブルジョワたちではなく、労働者階級だ」と説いている。

 

 ルイーズがやって来てテーブルにごろんとパンを置く。つづいて、ぼろぼろの靴を履いた兵士ジャン(ピョートル・ソボルヴスキー)が戸口に立つ。プロイセンによって包囲されたパリで、国防政府が臨時に召集した市民兵(国家警備隊)の一人なのだろう。そして、ここは「共和主義連盟(のようなもの)」の集会所みたいだ。

 

 「ジャン、食べる物がほしいのね?」とルイーズが声をかける(平たく言えば、物乞いに来たということのようだ)。靴職人さんが靴を脱ぐように言うと、ジャンは椅子に座って靴を脱いで放り投げる。靴を手に取った靴職人は、仕事場に戻る。ルイーズがパンを切り、ジャンに差し出す。ジャンはよろよろと立ち上がり、むさぼるようにそれをほおばる。ルイーズも食べる。兵士ジャンは三白眼の上目遣いで、まるで警戒した野生の獣のようだ。

 

 ジャーナリストがジャンに言う。「パリの人々が降伏しない限り、私たちは戦います」 ジャンはパンを食べながら、はじめてしっかりと目を見開き、ジャーナリストを見る。ルイーズはもぐもぐと食べる――が、ジャンは食べる手を止めて、ぼそりと「あなたのパンはいらない!帰る」と言う(ジャンは国防政府の側の人間なのだ)。靴職人が顔を上げる。ルイーズは「裸足でどこ行くの?」と、勝気な顔で声をかける。ジャンは思いとどまり、ぺこりとお辞儀をする。そして、髭を撫でて帽子を取り、再び椅子に座る。ジャーナリストは不敵な笑み。靴職人はほっとしたように再び仕事に。おばさんは娘の髪を再び撫でている。

 

 

――ラ・マルセイエーズが狂った音階で流れ、ガヴローシュもどきの青年が事件を知らせる。「政府は降伏した!」

 

 

 洗濯おばさんは振り向き、靴職人も驚いて銃剣を手にする。「プロシアが労働者たちの大砲を奪っている!」の面々は、ぞろぞろと部屋の中央に集まる。「プロシアとブルジョワは労働者の大砲を奪って、労働者に向けようとしている!」街角の女性たちが集まって来る。洗濯おばさんは「わたしたちの街に大砲を移しましょう!」と呼びかける。みんな続々と部屋から出ていく。ルイーズは、入口のところで腕を組んで座ったままのジャンを見て、立ち止まる。ジャンは怯えたような心を閉ざした顔をして、横目でルイーズの方を見る。ルイーズは強い表情でじっと見つめる。そして、強い口調で「どうして来ないの?」。

 兵士ジャンは、再びフラストレーションをためた獣のような上目遣いでじっとしている。ルイーズはさらに訴えるが、次第に表情が悲痛なものになっていく。

 

 兵士ジャンは虚ろな目をして帽子をかぶる。「あなたの大砲、ぼくはいらない!」そして、ゆっくりと顔を上げてルイーズの目を見る。

 

 一瞬の緊張ののち、突然のドラムロールとともに、「これ以上戦いたくないんだ! 村へ帰りたい!!」と大きな身振りで叫ぶ。

 

立ち上がった兵士ジャンは、むちゃくちゃな身振り手振りで半狂乱となりながら靴を履き、こぶしを振り上げて、一度ためらってから、ルイーズの頬をひっぱたく。両者はにらみ合う。そして、兵士ジャンは去って行った。