ティーンズネイキッド 第1章: 1/下弦の月 | Negative. Automation. Dynamism

Negative. Automation. Dynamism

Negative. Automation. Dynamism
ネガティブオートメイションダイナミズム

ティーンズネイキッド

 

 

 

 

桜刃 直樹 著

 

 

 

 

第1章 オクトーバー・ムーン

 

 

 

 

 

1/下弦の月

 

 

 

 

 

月が出ていた。

 

半月か、湿った土の感触がシャツを通して背中に伝わってくる。

 

僕は畑に植わったキャベツの狭間に寝そべると
世界の終わる思考に押し潰されるように
やっとの思いで息をしていた。

 

青臭いキャベツ独特の匂いと秋の虫の声。

 

その羽音が鼓膜のそばで
けたましいのに何も聞こえていない。

 

そしてただ月を正視したその目でさえも
まるで何も見えていないかのように・・


繰り返す終末の思考だけが僕の全てを押さえ込んでいた。

 

起き上がることが出来ない。
誰にも見つけて欲しくない。
ここから何処へ行こう。


人間で無くなった気がした。

 

こうして泥の上に猫か蛇のように横たわる惨めな自分には
何の慰めも得られないことだけ言い聞かせて。

 

そして月は思いのほかその夜を照らしていた。

 

 


そう、今日の午後から僕を取り巻く世界は急変した。

 

その自ら招いた事態に
この取り繕いようの無い愚かさを思い知らされているのは
ここ数ヶ月繰り返してきた万引き行為が、
ついにその悪運も尽き果てめでたく補導されるという
フィナーレを迎たからだ。

 

行きつけの郊外にあるショッピングモール、
その中にあるミュージックストア。

 

最初の頃は好きなロックバンドのCDを
月に一度買うのが楽しみだった。

 

そのうちお気に入りアーティストの
過去のアルバムを掘り下げては
欲しいモノが次から次へと増えて止まらなくなった。

 

そしてある日を境に僕の物欲は境界線を越えた。

 

品物に粘着した防犯タグを
ポケットに忍ばせた小型のカッターですばやく切り取り
陳列用のラックの中に捨てる。

 

そうして準備し匿ったモノを要領良くスクールバッグに収めた。

 

一枚成功すると日に日に増えていく枚数。

 

そしてこの手の小悪にどこにでも存在する敵方、
万引を摘発する役割の保安員の存在もその顔をよく覚えた。

 

彼らをマークし易くするためになるべく客数の少ない日で
しかも相手側の体制の手薄な時間帯を狙って行動した。

 

そして僕にとって人間以外のもう一つの敵、
防犯ゲートと同じその行く手を阻むもう一つのシステム・・俗に言う防犯カメラは、
僕の欲しいとする獲物のコーナーよりはるかにJ-popコーナーに集中していた。

 

だから映像を補足されない死角に逃げるには比較的に安易だった。

 

その中でもダミーカメラのエリアがある。

 

それは赤色のインジケータが点灯していないので
素人にもすぐにそれと判ってしまう。

 

誠っことお粗末だ。

 

このお誂え向きのエリアまで
さりげなくモノを運んでは獲物をゲットした。

 

今日は3枚すでにバックに収めた。

 

まあそこそこ満足だ。

 

ここまでで引き上げようと決めたその時、
僕の目に「NIRVANA」の「ブリーチ」が飛び込んできた。

 

ずっと狙っていたのにいつもタイミングが合わず獲り逃していた。

 

成功しそうなシチュエーションに限って
本来欲しいはずの国内版の在庫が切れでいて
輸入版しかなかった。

 

ブリーチかぁ、今は大輔にもらったショッボイMp3のデータしかないんだよなあ、
歌詞の対訳無いし・・常に歌詞の意味が知りたかった。

 

Lylics.comから英語の歌詞はテキストデータで入手できたけど、
さっぱり意味が解らない。

 

無理もない話、いま中1でしかも
入学以来英語では28点以上取ったことがないのに
カートのスラングだらけのライティングなど解る術もない。

 

そんな身の程もこの後ある程度英語が解った先に知る事になるのだが。

 

やっべえ、今日こそ欲しい・・よし、あと1発、


こいつまでで今日は終りにしよう。

 

そう決意してタグを切り外しに掛かれば近頃では手馴れたものだ、
それはすばやく外れた。

 

そしてこのタイミングで周囲を確認することはタブーだ。

 

それはかえって墓穴を掘る。

 

背後を洞察するにはフロアを一巡するが一番。

 

自然な装いで陳列の閲覧をしながら
感覚で危険対象がいないことを確かめると
稼動中のカメラを背できる場所までたどり着いた。

 

そしてあらかじめジップを半開きにしておいたバックに
流れるように獲物を落とし込んだ。

 

ヨシ!いった!

 

その成功を確信した瞬間、
僕が向き合うショーケースそのガラスに人の影は映った。

 

それは望むイメージとは裏腹に僕の後ろあたりで不自然に止まった。

 

まさか・・

 

体の動きが固まった。

 

首筋あたりに神経を集中してその背後の気配を探る。

 

その全身で空気を伺う僅かな瞬間を裂いて聞こえた声。

 


「君、それはどうするつもり?」

 


僕の体に電撃のようなものが走った。

 

少しだけ視線を落として振り向けば
目の淵に映ったのはさっきまで入店から欠かさずマークしていたはずの
保安員の姿だった。

 

僕が彼女に付けたニックネームは「マダムJ」。

 

深夜にやっていた変な洋画に出ていたキャラそっくりなんだ。

 

まさかコイツに背後を取られるとは・・

 

その時僕の口から出た苦し紛れで間抜けな言葉は

 

「なにがですか?」

 

マダムJが返す


「その手の中に持っているのはカッターか何かの刃だよね、
 私はこのストアの保安員です。少し裏でお話しいいですか?」


言われなくたって知ってるよ、マダム。

 

 

 

マズイ、これはヤラレたかもしれない・・

 

それでも最後の手段として逃走出来るなら・・


そんなわずかな可能性を模索しながら視線だけを反対側に顧みた。

 

しかしここまで来ると夢は大体叶わないもので、
そこにはすでにご承知のもう一人の敵方メンバーが
いつの間にか詰め寄って来ていた。

 

僕はそいつの方は“ディック”と呼んでいた。


理由はない。


何かそんな感じがするのだ。

 

今日もヤツはハリウッド映画のチョイ役のような
脂ぎった黒い顔をして、
僕とは頭2つ分違うだろうか、
嫌みなほどその良い体格を引提げて立っていた。

 

駄目だ、万事諦めはついた。

 

「済みませんでした」

 

言葉は僕の意識と無関係にこぼれた。

 

 

 

 

//////////////////////////////////////

 

 

 

 

 

両脇を2人に押さえられて保安室へと連行されて歩く。

 

バックヤードとの堺にあるグレーの色をした

味気ないプラステックで出来た大きなウエスタンドア、

そのアクリル製の小さな覗き窓から覗く向こう側には

暗いバックヤードが見える。

 

従業員達が忙しく出入りする中を

まるで川の流れに逆らうように僕等は奥へと進む。

 

あの扉をくぐったら戻れないな・・

 

諦めと脱力感に体が小刻みに震えた。

 

暗いくて配管が剥き出しになった天井が

印象的な通路を進めばポツンと小窓から明かりの漏れるドアの前に着いた。

 

その蛍光灯の現実的な光は

憎らしいほど僕の捕獲された立場をあざ笑う。

 

こ汚い待合室のような場所を通り抜けると

黄ばんで薄汚れている石膏ボードがむき出しの壁に、

何の色気も無いスチール製の椅子とテーブルだけがある部屋に通された。

 

程なくしディッは店内へ戻っていた。

 

そこで今度はマダムJの僕への尋問が始まった。

 

彼女は正面に座ると任務柄なるべく存在を消すのに自然に養われたのであろう、

そのそっけない化粧の乗る唇を開いた。

 

「君、旭中だよね、カバンの中身見せてもらえるかな?

   無理でなくてもいいのよもし嫌なら・・警察を呼ぶことになるだけだから」

 

その自信に満ちたその言い切りに完全にバレてることが明白だったが、

意味の解らない部分もある。

 

「警察って?」

 

「解らないかな?正直に話してくれれば警察には知せないって言ってるのよ」

 

「でも親御さんには来てもらうけどね

  君の身元引取りと二度こんなことしてもらわないためにもね」

 

そうだよな・・親にはバレるよな当然。

 

正直警察なんてどっちでも良かった。

 

親と学校に知らされるのが一番苦しい。

 

逃げられないかな・・上手く。

 

いずれにせよバレてることをいま隠したところで意味は無い。

 

僕はカバンを開けて所持品をテーブルに全て並べた。

 

一応毎日行ったり来たりしているだけのノートや教科書に混ざって

全部でCDが4枚出てきた。

 

 

「まあ、こんなにあったの、ビックリ・・」

 

なんだよあれだけ自信満々のくせに

ひょっとして最後の1枚しか気付いてなかぅたのか?

マジあそこでやめときゃ良かった。

 

クソ、逃げられないかな。

 

そんな僕の真意を悟られないよう一応恐縮的な態度をを装ってみた。

 

「分かったわ、じゃあここに名前書いてくれる?

それと住所電話番号ね」

 

そうだ、まず時間を稼ごう。

 

そうひらめいた僕は全くの偽名と偽の住所を書き出した。

 

なかなか思いつきにしては上出来だった。

 

「ん~石川卓也君ね、東海岸サザン通り2-44この電話番号が家なのね。

いまお母さんか誰か家にいるかな?」

 

「いや、母は居ません、親父と2人暮らしで・・」

 

嘘だ、デタラメの電話番号で誰か出たらまずい。

 

さらに出任せを言ったけどこれはウマいカウンターとなり効果を生んだ。

 

「あら、ごめんなさい・・そうなのね・・じゃあ携帯持ってるわよね。

ここで、私の前で連絡してくれる?

今のこの事情と何時に迎えに来られるか訊いてくれるかな?お父さんに」

 

まいったな・・

 

そうだ大輔なら。

 

さらに偽装の輪を重ねると僕は友達の大輔のナンバーをコールした。

 

頼む大輔、うまく合わせてくれ。

 

声が漏れるのを避けるために通話音量を速攻でレベル1にした。

 

《おぉ、直樹かあ、どした?》

 

「あ、父さん卓哉だけど、ごめん・・実は・・ゴメン、いまHMVでを・・万引きをしてしまって・・

捕まった。ごめん、だから・・親が迎えに来てくれないと帰れないって言ってる」

 

《おい、なに言ってんだよ直樹だろタクヤとか何のプレイだよこれ、

冗談抜きで、何処にいるんだ》

 

「ごめん、うん本当に・・ごめん、何時に来れそう?HMVの保安室って言ってる」

 

《マジかよ直樹・・そっかヤベえんだな・・俺どうすればいい?》

 

 

そんな大輔はひとまずは敏感に察すると僕に合わせてくれた。

 

「有難う、じゃあ7時ね、うん、じゃあ」

 

当然、大輔の問いには答えられない僕は

まるでピン芸人のような電話を一方的に切った。

 

「仕事なので来れるのが7時過ぎだそうです」

 

ここまで段取りが付くと内心僅かな余裕を作ったことに満足した。

 

よし、これで2時間以上稼げる。

 

あとは脱走の段取りだ。

 

幸い理由は解らないが携帯を取り上げられたりはしないし、

いまはこっちの言ったことを100パー信じてる。

 

生徒手帳も邪魔だから普段から持ち歩いていないのもラッキーだ。

ブレザーの内側にあるはずの刺繍のネームも

カッコ悪いからといってみんな授業中に毟って取ってしまって無いのが流行だ。

 

そんな些細な戯業がまさかこんなところで役に立つとは・・

となるといま自分を特定できるものは何一つなく、

バレてるのは制服が旭中だということだけ。

あとは脱出のタイミング謀るだけだ。

 

確かさっきここへ入室したときには

外から鍵が掛けられる様になっているのが目に入った。

 

となるとこの保安が中に居る時にしかチャンスは無い。

 

これを逃せばこの後2時間以上もここに拘束されるのは目に見えている。

 

そんなのはごめんだ。

 

いまアクションを起こすしかない。

 

 

「あの、トイレ・・いっすか?」

 

僕は打って出た。

 

「あらごめんなさい、じゃあ今男の人呼ぶから少し我慢できる?」

 

マダムはハンドバッグから無線機らしきレシーバを取り出すと交信を始めた。

 

「200より241どうぞ・・少年の1番同行のため交代願います。

どう?持ち場離れられる?」

 

 

なるほどディックは241なのね・・

こちらに背中を向けて腕を組みながらマダムはしきりに交信している。

 

「200より241どうぞ・・」

 

時折行き交う他の警備員との声とガーガーピーというノイズに

目的の相手からの反応は無い。

 

今だ!

 

僕はスクールバッグをテーブルからひったくると

狙ってイメージした通りに素早くドアを開けて保安室を飛び出した。

 

間髪置かずに気が付いたマダムではあったけど、

レシーバを持たない方の片手で僕の左腕を掴むのが精一杯で、

僕のブレザー袖のボタンはちぎれて取れた。

 

暗いバックヤード、

汚い乱雑な商品の積み上げられているその隙間を

僕は全速力で走った。

 

コンクリートの打ちっぱなしで鏡面仕上げの路面が滑りやすい。

おまけにスニーカーがもうボロで裏はスリック状態。

コーナーでは滑ってしまい膝をつきながら曲がる。

スクールバッグ振り回して何事かとこの勢いに

従業員達は圧倒されて道を空ける有様だ。

 

イケる!あの扉の向うへ!

 

さっきとは間逆のアクリルの小窓から覗く明るい店内。

前のめりにりながらその光めがけて僕は飛び込むとウエスタンドアを跳ね開けた。

 

眼差しはまっすぐゲートを目指して・・

 

やった!と店内に飛び出した瞬間、

突然視界が回った。

店内に飛び散ったDVDケースの山。

 

勢い良く飛び出した僕の足に見事にヒットしたのは

従業員が商品運搬中の台車だった。

 

激しい脛と頭の痛み。

 

「痛ってえ~」

 

バランスを取り戻して立ち上がりゲートに向きなおったその時、

僕の目の前にはあのディックが居た。

 

首根っこを掴まれて容赦なくフロアに押さえ込まれた僕は、

まるで今夜の晩餐のために捕獲された羊のように惨めな姿だった。

 

こうしてこの脱出作戦はあえなく失敗した。

 

 

 

 

 

 

2/デイープダウン へ続く・・

 

 

 

 

ティーンズネイキッドINDEX