新盆と写経 | なこのブログ

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2009年4月に女の子のみぃみ、2013年7月に男の子のたつきちを出産♪
DWE,家庭保育園、七田、モンテッソーリ、ヨコミネ式、CTP、ORTと…
様々な教育法に手を出し、一緒に学び成長していきたいと思っています。

今日のブログはちょっと暗いかもしれませんあせる

ドンヨリ苦手な方は飛ばしてくださいねあせる


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ノボルが亡くなって初めてのお盆です。

うちの実家は特に宗教に

こだわりのある家族ではありませんでしたが、

祖母のお墓を買ったとき辺りから

お寺さんの檀家となり、

言い方はよろしくありませんが

その流れで仏教を信仰する形になったようです。





とは言え、仏壇にお水とご飯を供えたり

簡単なお経をとなえたりするくらいです。

私も実家に来たときに、お線香をあげて

手を合わせて近況を心のなかで報告する程度で。

そもそも私はキリスト教の学校に

小学校から大学まで通ってましたし。

宗教に対しては、こだわりもなければ

そもそも興味が無かったんですね。

「人それぞれ」で良いと思い、

それ以上知ろうとも考えようとも

していませんでした。






しかし、今回ノボルが亡くなって

この仏教の行事って言うんですかね、

知識がなくて言い方がわかりませんが

お通夜、お葬式、初七日、四十九日…。

そういった区切りごとに

何かしらをやっていくわけなんですけれども、

一見面倒くさそうなこれらが…

今回遺族の立場となった私とカズエには

とてもありがたいものとなったんです。






身近な人を亡くすと、

本当に苦しくて、信じられなくて

脱け殻になってしまうんです。

そんな何にも考えられない時に、

「故人のために、こうしてあげましょうね」

という、レールをひいてくれている感じなんです。

こうすることが正しいのですよ。

亡くなった人が喜ぶことなのですよ。

と、決めてくれているんです。

もしこのレールが無かったら

「大切なノボルの体を焼くなんて出来ない」

とすら、思えてしまう心境なんですよね。

本人は亡くなっているので

もうノボルの為にしてあげられることは

なにもないはずなのに、

亡くなってもなお、「してあげられる」ことを

作ってくれている感じなんです。

そしてそれを、やっていくことで

その敷かれたレールを無心に進んで行くことで、

ふと気付いたときには

少しずつ前に進めているんです。






気づけばもう半年以上も時が経っていて

新盆を迎えた今日、

私もカズエも少しずつ前に進んでいます。

ノボルの生前の写真を見ることが出来るようになったり、

「死ぬ」や「亡くなる」という言葉を使って

会話することが出来るようになってきました。

でも今日、カズエが何を思ったか

みぃみとノボルの話をしているときに

「千の風になって」を歌って聞かせていたら

涙が溢れて歌えなくなっていました。

ああいった名曲と言われる歌も、

当事者にとっては現実味がありすぎて

心が揺さぶられてしまうんですよね。

本当にノボルは風になってしまったんだなぁ…

と思わされてしまうのが

まだ…辛いんです。






そう言えばカズエは「写経」を始めたようで。

写経とは…、

「仏教において

お経を読めば功徳を積むことができ、

書き写すことでさらに功徳があると言われている。 

そのため、写経は古くから

徳を積むための行為として行われていたものである。 

もともとは僧侶のための行為であったが、

最近では僧職でない人の間へも広まっており、

密かなブームとなっている」

だそうです。

つまりはお経を書き写すだけの行為なのですが、

精神集中や心の浄化作用があり

ストレス解消にもなるんだそうです。

カズエいわく、一人になってから

とにかく夜が長いんだそうで。

そんな時に写経をすると

書き写すのに軽く一時間はかかり、

さらに心地よい疲れも得られて

眠れやすくなるそうです。

写経自体がノボルへの供養にもなるらしいことから

心が安定して、満足感もあるんだそうです。

字もキレイになるし、良いことが結構多いようです。








そんな感じで、今日は朝から迎え火を焚いて

お墓参りに行ってきました。

暑すぎない天候で、朝早く出たこともあり

混雑もなく行って帰ってこれました。

みぃみもたつきちもお墓を一生懸命洗ってくれました。







夜は久しぶりに焼肉へ行きましたよ焼肉




みぃみもたつきちも

じゅーじゅー焼くのがたのしくて、

盛上がってました音符






デザートまでペロリと完食パフェ

今日も一日よく頑張りました拍手