ミルミルは機嫌が良かった。


体力はまだまだ戻らないようで、束の間起き上がってもすぐに「きちい。」「ちかれた。」とゴロンと横になるが、DVDを観ながら笑顔も出るようになってきた。



食欲も、ほんのひと口、ふた口ではあるが、食事に手をつけるようになってきた。


他は、ハッピーターンやおにぎり煎餅。

先生から、食事を食べないなら、何でも他に食べられるものをあげて良いと言われていたので、ミルミルの好みそうなものを持ち込み、無制限に振る舞う。

それでも、普段の半分も食欲は戻っていないので、こちらが心配するほどは食べられない。




  


 


PM19:00


夕方頃から、だんだんグズグズし出しているように感じた。


眠たいのか、さすがに疲れているのかと思っていたが。

そのうち、「きちい。」と苦しそうにゴロゴロし出す。


嫌な予感。

ミルミルは、熱を出す前によくこんなグズリ方をする。

  


あまりに「きちい。」と泣くので、看護師さんを呼んで早めに検温。

体温は、37.4度まで上がっていた。


久しぶりの37度台。

激しく動揺する、母。

 


どうして?

すっかり、川崎病を克服したつもりになりかけていた。


もう丸一日、熱が上がらなくて。

すっかり、治ったかのように錯覚していた。



「まま、こっちにちてよ。」

「まま、ミルミル、だっこちて。」


少し離れただけで泣くミルミル。


数日前に逆戻りしたみたいだ。ミルミルの身体の中で、また何かが変わり始めているのではないか。




 

何とか、ミルミルを眠りにつかせて。

すぐにまた泣いて起きそうなので、この隙に自分も休んでおかなければと横になる。


どうしたと言うんだろう。

こんな様子はおかしい。

これから、今夜は熱が上がるにきまってる。


 


突如、「グロブリンが効かなかったんだ」と思い浮かんだ。


決死の覚悟で挑んだ、グロブリン治療。

血液製剤。ド素人には不安なイメージしかなかったけれど、挑戦するしかなかった。

結果、早く効果が出て、助かったと思っていたグロブリン…


それが、一回では効かなかったということなんだ。


 

治療開始前に先生から聞いた話を思い出す。

一回目のグロブリンでは効かない人もいる。二回目のグロブリン治療を行う可能性もある。

それでも効かなければ、ステロイド治療などに段階を踏んでいく。




どうしてどうしてどうして。

なんでなんでなんで。


どうして、ミルミルがこんなことに?

 

 



早速、うなされたように泣き出すミルミルの背中をさする。

「大丈夫だよ、ママここにいるよ」

そう声をかけても、「きちい、きちい」と体を捩りながら泣き喚くミルミル。


やっと眠ったかと思えば、すぐにまた目を覚まして号泣。


熱が上がっていく気しかしない。

私の方まで泣きたくなる。



その繰り返しに、看護師さんが様子を見に来てくれた。



看「寝付けない感じですか?」

nacocci「いえ、きついきついって、目を覚ましてしまって…」

看「何がきついんですかね?」



え?


何が、きつい?



ミルミルが発熱してからの1週間が、頭の中で波になって溢れた。

ずっとずっと、きついミルミル。苦しいミルミル。小さい体で、高熱と闘ってるミルミル。


川崎病に、なってしまったミルミル。




「全部ですよ!」


そう叫ぶ代わりに、思わず「分かりません!」と強い口調で返してしまった。



看護師さんは、夜中なのに心配して様子を見に来てくれた。

全くの悪意など無かったことが今なら分かるのに、勝手に追い詰められた私には軽く発せられたように感じたその一言が、限界だった。

 



看護師さんは、「そうですか。」とだけ静かに応えると、ミルミルの手をそっと握ってから出て行った。


熱が高くないかだけ、確認してくれたのだと思う。

 





 

ミルミルをまた何とか寝かせて、ベッドを抜け出して一人ソファに移動した。

 

声を殺して泣き続ける。

涙が止まらなかった。怖くて怖くて堪らなかった。


これからミルミルはどうなるんだろう。

いつまで治療は続くんだろう。



「まま…」


暗い部屋でミルミルの声が聞こえた。


また目を覚ましてしまった。行ってあげなきゃ。



そう思うのに、私は初めて感じる絶望が重た過ぎて立ち上がれない。



「まま…?どこにいり…?」


だんだん、泣き声に近づくミルミル。

だけど私は、自分の涙を拭うのに必死でミルミルに構ってあげられない。

 


「まま!どこにいりの!こわい!こわいよ!!」


突如、ミルミルは叫んだ。

 



怖い、という一言に。


私は脳みそを叩き起こされて、反射的に立ち上がって。


何やってんだ、私。

ミルミルには私しかいないのに。


 


ベッドに走り寄り、ミルミルをギュウっと抱き締める。


ミルミルと一緒にボロボロ泣きながら、「大丈夫、大丈夫」「ママ、ずっとここにいたよ。ごめんね」と抱き締める。


もう、大丈夫だよ。

ママが、絶対ここにいるから。



「まま…」



ミルミルは、安心したように一息つくと、またスゥッと眠ってしまった。


 

小さな手を、そっと握る。


さっきまでの勝手な絶望はどこへやら。

ミルミルの、「こわい」という一言が。


弱い母を、叩き起こしてくれた。

 


ミルミル、ママがついてるよ。

怖く感じさせてごめんね。


ママがいるから、こんなに小さなベッドの上で必死にがんばってるんだよね。



ママが、諦めないから。

ママが、何だって受け止めるから。


がんばろうね。

絶対に元気になって、お家に帰ろうね。



 




目を閉じた。

朝が来て、もし熱が上がっていても。


次の方法を先生と相談すればいい。

それがダメなら、また次の方法を考えればいい。


眠ろう。

私が元気でいないと、ミルミルだって元気になれない。





とても長い夜だった。

だけど、母として確実に強くなった、発熱6日目の夜だった。