いっちゃんとの出逢いは2002年1月。
我が家の玄関前で同世代のお友達と楽しそうにじゃれあってたよね。
一緒に遊んでたお友達は私に気付くとすぐにスリスリと甘えてきたのに、いっちゃんは少し離れた場所から決して近づこうとしなかったね。数日後、愛想の良いお友達はお向かいの家へもらわれていった。いっちゃんはひとりぼっちになっちゃったんだよね。
私ね、あの日からずっといっちゃんのことが気になってたんだ。
いっちゃんが小っちゃなときに天国へ行きかけたこと。
それが原因で左目が見えなくなってしまったこと。
人間に極度に怯えること。心を開けないこと。
みんな近所の人から聞いたよ。
人間に近寄ろうとしないいっちゃんだけど、当時からなぜか人気者だったんだよね。
過酷な運命を生き抜いてきたのに、おっとりしててどこかユーモラスないっちゃんにみんな勇気をもらっていたのかな。近所の奥様方に可愛がられて食べることに困らなくなったいっちゃんはすくすくと成長し、コロッコロで元気いっぱいだったよね。
そんないっちゃんの姿をカメラに収めたくて、私は当時愛用していた一眼レフカメラでいっちゃんを取りまくってた。現像料が数万円になった月もあったっけ。
いっちゃんの写真は好評で、会社のデスクに飾っておくと欲しがる人が何人かいたんだよ。
見てるだけで癒されるんだって。そんないっちゃんを誇らしく思えたな。
カメラを挟んでコミュニケーションを重ねていくうちにだんだんと親しみの表情をしてくれるようになったよね。緊張から開放された間の抜けた表情。実はすごく嬉しかったんだ。ちょっとは心が近づいてるのかなって。でも距離を縮めようとすると急いで逃げちゃう。まだまだ一方通行な関係だった。
時にはカメラを置いて、道の端っこで並んで春の景色を眺めたりもしたっけ。30分?1時間?けっこう長い時間一緒にボーっとしてたよね。距離にして30センチ。手を伸ばせば簡単にいっちゃんに触れられたんたけど、ちょっとずつ前進している私達の関係を壊しちゃうような気がしてグッと我慢してたんだ。
そして2002年の6月。
それは突然訪れたんだ。
日韓W杯で日本中が盛り上がってたある日、一緒にボール遊びをしてたんだよね。私の足元にボールが転がってきて、それを追いかけてきたいっちゃんが突然、自分の体を私にすり寄せてきた。スリスリスリスリと何回も。びっくりして体が固まっちゃったよ。突然すぎて何が起こったか理解出来なかったんだ。
閉ざされていたいっちゃんの心が開かれたことを実感して、いっちゃんのフカフカの背中に初めて触れてみた。一瞬、いっちゃんはピクッとしたけど、すぐにうっとりとした表情で私を受け入れてくれたよね。
いっちゃんと私の距離が0センチになった瞬間だった。
嬉しくて嬉しくて嬉しくて。本当に嬉しくて。
でもその後のことはあんまり覚えてないんだよね。
あれからちょっとずつおウチに入ってくるようになって今じゃすっかり家族の一員。すっかりいじられキャラも定着しちゃったね。
もう8年も経ったんだ。
楽しいこともたくさんあったけど、とても悲しいお別れもあったよね。
私が本当にツラくてしんどい時はいつもいっちゃんが傍に居てくれた。
もちろん周囲の人たちにも支えてもらってとっても感謝してるんだ。
でも人間同士では埋められない心の隙間ってあるよね。それを補ってくれたのはいっちゃんだったんだよ。
いっちゃんの穏やかな眼差しと優しい温もりに私は何度救われたことだろう。
私を信頼してくれてありがとう。
心を開いてくれてありがとう。
これからもずっとずっと一緒だよ。
お互いに健康で、のんびり仲良くやって行こうね。

