幼少期に遡る。


反抗期真っ只中の5歳年上の兄の文句を、母は私に散々悪口を言い発散する日々。

いずれ兄は結婚をするが、お嫁さんの実家の敷地内に住むこととなり、母のストレスはさらにエスカレート。

私へストレス発散の電話攻撃が、ほぼ毎日。

兄の悪口お嫁さんの悪口。

でも幼少期からのその役目は、いつの間にか私を洗脳へと導いていた。

それが、私へのストレス発散だなんて気づきもしない10代の頃。


父はどちらかというと私の味方。

1番波長が合う。

でもお酒を飲むと、母の愚痴が私に向けられる。

だから、酔ってる時の電話は苦手だった。


兄は五歳も違うと、一緒に成長した記憶はなく、さっさと1人で成長し、家を出て、結婚。

洗脳されてた私はある日、兄に「お母さんの気持ちも考えなよ」と、偉そうに、お嫁さんとの関係の毒を吐き、大げんか。


私は、その日、自分の立場のおかしいことに気づいた。

何故兄があんなにも怒ったのか、洗脳されていた私は、兄の考えなんて知る由もなく、兄が悪いと思ってきた。

そうか、私は母に操られていたのだ。


その日を境に、私は家族のピエロになった。

誰にでもニコニコ、話を聞いてみんなが楽になれば敵はできない。

前向きに、楽観的に、そうやって私が家族を繋げば、家族は壊れない。

悪くなくても、私が謝れば、それでいいんだと。