ラヴェルのピアノ三重奏曲イ短調は、彼が従軍への意思を固めていた時期に描かれた曲です。遺言としての意味合いがあったかどうかは別として、第1楽章や第3楽章で聴かれる夕日が沈んでいくようなしみじみとした旋律は、まるで人生を終わりを見据えたような達観した気持ちにさせられます。

一方で、激しい感情を表す部分が随所に現れるのも特徴的で、この感情のコントラストや、彼特有の清潔な響きをしっかりと聴かせてくれる演奏で聴きたい名曲です。

 

この観点から私がよく聴く演奏は、カントロフ、ルヴィエとミュレルの旧録音と、ベル、ティボーデとイッサーリスの録音です。

 

カントロフ版は、デンオンに録音した新盤もありますが、個人的にはミュレルが余裕たっぷりに弾いているのが気になる箇所があり、より切迫感のあるエラート録音のほうが好みです。

 

この演奏の最大の特徴は、音色の美しさ。キラキラしたミュレルのピアノと、伸びやかなカントロフ、ミュレルの弦楽器。特に、第1楽章の東洋風な調べや、第3楽章後半のヴァイオリンとチェロの二重奏の美しさは際立っています。

一方で、深く沈み込むような第3楽章でも必要以上に感傷的とならず前へと進むテンポ感や、ミュレルを中心に感情が迸る部分はエネルギーを爆発させたり、リズミックな第2楽章は反応の良い演奏を聴かせたりと、若々しさが感じられる演奏でもあり、聴き終わった後どこか清々しさを感じられるのも良いです。終楽章はやや騒々しい気もしますが、これは好みの問題かもしれません。

 

ベル版もピアノのティボーデを始め、清潔な音色が素敵な演奏。ややピアノのパワーやリズムの切れ味が足りないかなと思う部分もありますが、弱音部の各楽器のバランスがとても良く、この曲の響きの美しさを存分に味わえる演奏です。

 

とりわけ感心するのが、細かいところまでしっかりと血の通った表現力の高さ。例えば、紆余曲折を経て最終的には落ち着いていく第1楽章後半の充実度や、おどけた中にもどこか哀愁を感じさせる第2楽章、感情を押し止められず慟哭へと至り、また収まっていく第3楽章の構成の確かさや輝かしい未来を信じて着実に歩を進める終楽章といった、ストーリーがはっきりと分かる演奏で、聴くたびに新鮮さを感じる演奏です。

弱点はあるものの、カントロフ版と甲乙つけがたい名演だと思います。

 

 他の収録曲の演奏レベルも高いと思います。