もう抑えることは不可能でした。
でも、久しぶりにやって分かったこと。
3月末以来
私は楽しめない身体になってた。
だから、もうやめる。
村上春樹風にいうと、過食欲は、私という入れ物には相容れないものになっていた。
そう信じることにする。
今日、そのために使った2500円くらいは、それを認識するための費用だった。
私の入れ物にはもう不要になったものだ。
それが分かっただけでも有意義な時間だった。
時間に有意義も無意義もない。
人間の時間は、ただただ死に向かって進むもの。
それに、私は有名人でもない凡人だから、自らの恥を隠すために時間の流れを強制終了する必要もない。
死に向かって、淡々と生きるだけ。
私はという入れ物に心地よい物だけを受け入れて。
明日1日流れたら、明後日が来る。
私の分身。