悪意の手記 | サンタモニカナチョ

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悪意の手記
中村文則 著
新潮社



なぜ人を殺してはいけないのか
殺人者は更生できるのか

重たいテーマだけど、読みやすくすごく面白い作品だった。
わたしが考えている考え方と非常に似ていて、うまく言葉にすることのできなかったことをひとつの文章として綴られていて感嘆した。

初めて中村さんの本を読んだが、きっと彼は非常に頭がよく危うい人なのかな?とも思った。

まず彼は大病を患い「人生の暴力」を経験する。それは経験したことのない私からしてみて痛みなどは想像し難いことなのにもかかわらず、非常にリアルで物語に引き込まれる。

退院してからの親友Kを殺す描写もそれから苦悩する姿も、本当に細かく時には陰鬱にもなる。そのぐらいドロドロした心理描写。

彼は大病を患った際、すべてを否定することで均衡を保ち、奇跡的に復活するがすべてに絶望と憎しみをもったことにより、虚無感に襲われることになる。

もはやこの時点でページの捲る速度は変わらず、主人公に感情移入してしまう。
客観的にみて彼はもう精神崩壊をしており、常に夢うつつな状態にまともな思考回路を持ち合わせていない状態である。

Kを殺してしまうことの理由にはならないが、今の司法では主人公の私をそこまで重たい罰には問われないだろう。

だからといって殺した罪は軽くなるわけではない。でもそう思ってしまう人がいるのが、いまの風潮であると探偵は言うけど本当にそう思う。

それからの主人公は更に自分を憎み、周りを憎み、世の中を憎む。
殺したことになにも思わないような努力をする。

ほんとに人殺したことあるんじゃないか?と思うような心理描写。

わたしが共感した部分はなぜ人を殺してはいけないのか?という教授の問に対して
「いいか悪いかなんてのは人間が作った価値基準。駄目だという確固たる答えが出てきたとしてもやるやつは必ずいる。仮に殺してもよくなったとしても殺した殺人者は救われる訳ではない。」

「良心の正体とは他人には明かされてはならない内面に隠してある精神的なストレスの現れに過ぎない。

例えば大多数の人間が今の行為を提認さえすれば、殺すことは当たり前だと支持してくれれば、あれこれ悩む必要はなくなるのではないか。

戦争がいつまでも終わらない理由は大義名分により多くの人間が納得するような殺しを容認することができるから。
兵隊だって最初は殺すことを躊躇するが次第になれてくる。人殺しっていうのは時と場合によっては悩む必要のなくなるような【その程度のこと】問題なのは多くの人に非難されるのかどうかってこと」

深く考えずに抱いてきた善悪観念という既存の考えが自分を苦しめていると悟った主人公の気持ちが今まで思ってきたことが文章になり、すっとした気持ちになった。

もうすごい!すごいなぁ中村先生。

まだまだ宗教の話とかラストの部分でも心に残る場面は多々あったけど、わたしのなかでの要点はここですべてここで解決。

主人公のラストは実際どうでも良かったりする。彼は真面目だから更生したとしてもずっと懺悔し続けるだろうし、病で死ぬのも然り。

更生できるかどうかは結局のところ性格と生活環境によって偏りは出るというのがわたしの結論です。
そう簡単に人はかわれません。



久しぶり読み終わったあともじんわりと、ゆっくり考えられる作品でした。