前の記事でも書いたけど、結論から申し上げると陣発から出産が終わるまで約20時間かかった。体感時間3日くらいあったぞ。いやホント。


意識飛びましたよ、リアルに。


実は、出産までの健診ではまだ我が子が外に出てくる気皆無なのか、まるっきり生まれる兆候がなかったのです。


医者からは「歩きまくれ。スクワットしろ。床掃除推奨。」と、とにかく運動するようケツを叩かれ、激太り防止も兼ねて1日10,000歩を目安に散歩をするようにしていた。4/1には、菅官房長官が新年号を発表する傍ら、焼肉を食べると陣痛が来るというジンクスにも乗っかって食った。食いましたとも。



一度だけ健診前にうっかりミロ(ココアに毛が生えたようなアレ)を一杯飲んで尿検査で引っかかり、医者に怒られたことがある以外は我ながら優等生だったと思う。だって医者が言うこと全部聞いてたもん。アレしろコレしろ全部。いや、偉くない?偉くないですかそうですか。

まぁその甲斐あってか陣痛が来てくれたわけなんですけど、まぁなかなか進まなかった。マジで勘弁して欲しかった。


真夜中にたった一人で入院してしまった為に陣痛の波が来ても腰をさすってくれる人がおらず、看護師さんが「旦那さん、すぐ来られますぅ?」と遠慮がちに聞いてきた。

そりゃそうだな、妊婦は私だけではないし、やることもたんまりあるのだろう。私にずっとついているわけにもいくまい。仕方がないので、死ぬ気で旦那にLINEをし、夜中(AM2時)で申し訳ないがタクシー使って高速でダッシュで来てくれないかと頼んだ。


もう寝てるかと思っていたが、幸いにも程なくしてよし任せろとばかりに気合の入った返信が来たので、「30分くらいなら、何とか耐えれるかな、、、」と時計と睨めっこしながら待つことにした。

夜中だし、高速乗るまでもないとは思ったが、乗ったら乗ったで飛ばせるし30分で病院には着くだろうと踏んでいたんだけどね。


しかし。


待つ間にも腹の我が子は徐にやる気を出してきたのか「そろそろ出番かなー?」とばかりに陣痛はどんどん辛くなる。言葉も出ない痛みに耐えながらも「そろそろ旦那来る頃かな…?」と時計を見ると、


何と10分しか経ってない。
コレねー盛ってないんですわ。ハッキリ覚えてる。時計3度見しましたものわたくし。


おいおいマジか。コレいつまで続くねん。


この時点で陣痛始まって約1時間半。それしか経っていないことに愕然とした。


振り返ると我ながらよく20時間耐えられたものだと思う。自分で自分を褒めたいと思います。何だっけコレ。どこかで聞いたことするけどこの際どうでもよろしい。


くそ…にしてもいつまでかかる、この地獄はいつまで続くんだ…っこの野郎親の私に似てケツに火がボーボーにならないと頑張れないタチか…??やめてやめて頑張って、さっきやる気出してたじゃないか頼むよ!!


うねうねと遠慮がちに動く腹の子には心の中で五体投地でお願いしてみたが、無視。
耐えるしかない。



ちなみに肝心の旦那はといえば、呼び出しをかけて1時間かかって病院にやってきた。



真夜中にはるばるきてもらってごめんだけど…
遅ぇ!

私の殺気を察知したのか、直ぐに待たせてごめんねとばかりにすぐに駆け寄って、看護師さんにやり方を教わっていそいそと腰をさすってくれた旦那。

私「来てくれてありがとう(ひとまず礼は言う)…お、遅かったんだねぇ?高速、混んでた?(そんなはずないけどな…。)

旦那「あ、いや自転車で来た!!(ドヤァ)」



は!?チャリ!?自転車ちりーん



私「え?だから1時間もかかったの!?病院まで20kmもあるのに!?え?何で?ねえ何で!?」



痛みも忘れてキレましたよ、ええ笑
コレは今でもたまに話題になります。


本人曰く、お金かからないし(別にかかってもいいのに)、車だと道が工事してて(真偽不明)迂回する必要があったから、結果的に自転車の方が早かったはず!!褒めて褒めて!と言うことらしい。


事実旦那は普段16kmの距離を毎朝チャリ通している。趣味だから本人は苦ではないらしいが、真冬もいそいそとチャリで職場に向かうのだから本当に恐れ入る。


別にね、好きならそれでいいのですけれども。


ただ通勤中の自転車事故って多分労災の対象外だから、出来れば止めて欲しいのが正直なところです。もう自分だけの体じゃないんですよわかってる?



まぁいいや、戻りましょう。



そこからはと言うと旦那、せっせと腰をさすってくれました。朝になって担当のおじいちゃん先生が来るまで約7時間。旦那が来た時には5分おきだった陣痛が1分おきになり、不眠不休で私の腰を相手にしていた結果、彼は軽度のヘルニアを発症するに至った。ヒジョーに申し訳ない。



夫婦揃って息絶え絶えの状態だったが、まぁこれでもまだ前半戦。後半に至っては更にこの上を行った。(ざけんな。)




そこから私は運ばれてきた食事にも気付かず、陣痛の合間を縫って睡眠を取ろうとするも、当たり前だが寝た気がしない。





しかも。




まさかの微弱陣痛でお産が進まない為、
促進剤投与決定。



更に。



看護師「ハーイ、じゃあ点滴しますのでお名前と生年月日をお願いしまァす。」


私「……ぐぅうぁぅ(話しかけんなあぁあむかっ爆弾…」


当然答えてる余裕なんてあるわけない。本気で(うるせえあっち行け○すぞ)と思ってた。
いや、向こうも仕事だから当たり前のことをしているだけなんだけど、人が必死に痛みに堪えてる中涼しい顔で言われるとマジで殺意が湧くんです。すみませんでしたホント。


そして投与されて幾許もせず、先程の500%増しレベルの痛みが襲ってきた。オイ嘘だろ。



これ、しれっと痛かったですーって書いてるけど人生最大の痛みでした。あの痛みが終わるなら何してもいいと本気で思ったもんね。何せ腕を爪で掻きむしりながら(後で見たら抉れてた)殺してくれ切ってくれと懇願してましたから。

腰に何度も鉈が振り下ろされるような痛みに「があぁぁぁあああぁあー!!!」とプロレスラーもびっくりな大絶叫を繰り返していたらしい。



しっかーし。
これでお産進むかと思いきや、進まない。
なんと言うことでしょうホワーイ


生々しい話で申し訳ないが、出産の時、赤ちゃんはクルクルと体を回転させて降りてくる。キッツキツの指輪を外す時だって回して取るでしょ、それと同じです。

実はこの時、赤ちゃんが回旋異常を起こし、向いていてはいけない方向で止まってしまっていた。おぉーーい我が子おおおおお!!!

私はといえば、この時点で陣痛が始まってから19時間が経過し、促進剤も打たれ虫の息。意識が吹っ飛びいきむことが出来なくなっていた。記憶ないもん、この辺。

当然赤ちゃんは「よいしょ。」と自力で出てくるわけではないので、母体がダウンするとそこでお産は完全に停止してしまう。しかもこのままだと、赤ちゃんが低酸素状態になる可能性があったのね。


つまりですね、


このままではヤバイ!帝王切開だ!



ということでストレッチャーに乗せられて運ばれたのだった。目覚めたら違う場所にいて、産科医が2人いるわ周りには看護師やら助産師やらがわらわらいてなんかカチャカチャ準備してるんだから、ビビるわ。


意識飛んだのは3分くらい。肩揺すって起こされましたもん。


医者「おかあさーんおかあさーん聞こえますかー?このままだとね、進まないの。帝王切開になっちゃうかもしれないからよく聞いてー。」

声が聞こえて、先生に呼ばれたのがわかった。お母さんって誰?私?私か。


そこで、初めて自分がなんかヤバそうなことになっていることに気づいた。このままでは腹が切られるかもしれないということも。


この痛みから解放されるのなら、もういい加減しんどいし、色々(?)もう無理だしもう切ってもらうかーとも一瞬思ったが、何故か私ピンチな時って頭が冴えて色々考えるんだよね、不思議なことに。笑 

因みにそのときの私の脳内といえばコレ↓

いや、待て待てここまできたやん!帝王切開って傷跡残るし入院長引くし死ぬ気で頑張ったんだから自然に産ませろや!」


まぁそうなりますよ。ついさっきまで殺せ切れ殺せ切れと散々騒ぎ立てていた癖に、ここまで痛みに耐えたにも関わらずサクッと切られるのはさすがに御免被りたい。



あと産後ごちゃごちゃ金かかるのに、ここで無駄に入院費が嵩むのも嫌だったし。こんな時まで金の心配ですよ我ながら恐れ入るわ。



意地でも自然分娩で産んでやろうと最後の力を振り絞った。



でもこれね、私だけの頑張りではどうにもならない。なんとか赤ちゃんがまわってくれないといけない。


生まれるときの赤ちゃん自身の痛みって、みんな覚えてないだけで人生で一番痛いし苦しいらしいぜ。これ以上苦しい思いをさせるわけにはいかなかった。そう考えると、痛みもなにくそと思えるようになっていた。


これも母としての本能なのかねぇ。


しかもここで朗報。促進剤の効果が出て、なんと赤ちゃんが回り始めた。



よっしゃそのままいっけえええええ!!


何故かこの時どこかのメガネの探偵少年が映画でサッカーボールを蹴るクライマックスの映像が脳内再生。勿論「キミがいれば」も同時に。おうエンディングもそろそろ近いぞ頑張れ。




オラァぁぁぁぁぁあ!!!




?「オギャース!!天使




生まれた。
生まれました。。。


予定日前日の2019年4月4日  15:54。


とっっっっっっても元気な赤ちゃんが、これまた元気に泣いてくれた。




長かった、長かったよ。




自由が服着て歩いていたような私が、母になった瞬間でした。




初めまして。




ようこそこの世界へ。




生まれてきてくれて、ありがとう。




生まれてきてくれて、おめでとう。








何だかんだで、母子ともに健康でした。
人生で一番幸せな瞬間に感動もひとしお。
旦那によると実母も泣いていたそうな。



いやー長かった!大仕事終わった!
何はともあれ今日はゆーーっくり寝れる!とその時は一安心だった。陣発してから何も食べれなかったので普通にお腹も空いて、病室戻って夕飯普通にモリモリ食べてたもんな。



まぁでも本当に大変だったのはこれからだったわけで。


朝も夜もない、容赦ない新生児の地獄の育児が始まったのだった。




おわり(育児編はまた気が向いたら更新します)



p.s.
二人目の時は絶っっっっ対無痛にする…。
あれもう一回とか絶対無理。笑


 

妊娠が分かったのは、去年のハワイ旅行から丁度1ヶ月後くらいのことだった。






時期的にも結婚して1年半、まぁそろそろ子供がいたらいいなぁと思っているところにコウノトリがやってきてくれて(表現クソ古いなでも他思いつかなかったの許して)喜んだのもつかの間。アイツがやってきた。




悪阻である。 




絶えず吐きまくってどうしようもないほどではなかったにしろ、初期は朝は自分の体をぶん殴りたいレベルの体調不良に悩まされた。


いや知ってる、知ってるよ。世の妊婦さんの中には入院するレベルの人もいるし、仕事なんて行ってられない人もいる。そーゆー人がいるのもわかってたけどやっぱり辛かった。



しょうがないだろ、

辛いもんは辛いんだよ!!泣



学生の頃から酒でやらかすことが多く、二日酔いともなかなかのお付き合いが続いていたが、その状態が3ヶ月ほどずーーーーっと継続したのにはさすがに参った。


二日酔いは寝てれば治るけど悪阻はそうもいかない。食の好みもガラリと変わり、それまで食べれていたものが嘘のように体が受け付けなくなった。


あんなに好きだったパクチーなんてただの生臭い草に成り下がったし、カレーなんて地獄。こんなもん食うくらいなら死んだほうがマシだと本気で思っていた。



更に、職場の朝の日課が私を苦しめてくれた。

ラジオ体操である。



私の職場は、みんな揃ってラジオ体操をしていたのだが、これがいけなかった。

当然のことながら悪阻真っ盛りの時はラジオ体操どころかまともに座っていることすらできず、朝の30分は基本的にトイレと仲良しの日々が続いた。しばらくラジオ体操第一の元気のいいアナウンサーの掛け声も恨めしく、全く爽やかな朝を迎えられなかったものだ。「絶対にラジオ体操なんてやるもんか。」と謎に不貞腐れていたし、健康維持の為なのか、朝誰よりも張り切ってラジオ体操をしていた課長には申し訳ないが、マジで憎んでた。ラジオ体操。



けどまぁ妊娠の経過自体は至って順調なもので。



大変ありがたいことに職場の同僚にも上司にも、これ以上ないほどに配慮をしてもらって、悪阻も4か月に入るくらいにはおさまった。

無事2月の半ばに無事産休に入らせて頂きましたよありがとうございます。



いや、心の中でジャンピング土下座してました。すいません復帰したらよろしくお願いします深々。



でも正直、産休入る前は就職してからゆっくりできる時間なんてそうそうなかったので、ちょっと楽しみもあったし、育休中に「アレしたい」「コレしたい」とやりたいことリストも実は作ってました。




今思えば完全に浮かれてた。

後々振り返ってみるととんでもないですよ。


そもそも考えてみれば(考えなくても)産休育休は遊ぶ為のバケーションではない。あくまで子供を産み育てる為の期間であって、易々と自分の為「だけ」の時間を持つなんて、出来るはずがないのだ。



脳みそ御花畑だった私は、その意味を後で死ぬほど思い知ることになる。



最後にして最大のビッグイベント(?)である出産は、当たり前だけど命賭けるレベルで大変だった。いや、舐めてましたホント。




桜が咲き始めたあたり。



4月に入ってから、下腹部の鈍痛が不定期に来るようになり、漠然と「あーもう直ぐかぁ。いつでも入院できるようにしておかなきゃなぁ。」と里帰り先の実家で緊張感ゼロのままのんびり過ごしていたが、4/3の夜に徐々に痛みが強くなり、入院になった。



でもまぁ病院に着いた時は全然歩けるくらい。腹の赤ちゃんはまるっきり降りてこないし、医者も「一回帰る?」と聞いてきたくらいだったからまだまだ時間がかかるもんだと思ってましたよ、ええ。



だもんだから、都内の自宅にいる旦那には明日来てねと連絡を入れた。病院に送ってくれた父が帰った後の私はといえば、テンション上がって病室の写真まで撮っていたくらいだ。






が。





信じられないことに、日付跨いで4/4になってすぐに腰が砕けるレベルの激痛が走った。





ここからが、長かったですよ。






続く。



 

 

お久しぶりです。ご無沙汰してます。

一年以上更新してなかったのかうんうん。

というわけで皆様いかがお過ごしでしょうか。

 

海外旅行も去年の夏のハワイが最後かな?珍しくずっと日本に根を張っています。

どういう風の吹き回しなんでしょうかね。

 

ということで最近のことをずらずらと徒然なるままにだらだらと淡々と書いていこうと思います。旅行全く関係ない私の誰も得しないプライベート速報になりますので興味ない方プラウザバック推奨ですどうぞ。

 

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突然ですがわたくし、2019年4月4日に母になりました。

元気な男の子が生まれ、今はもうあっという間に5ヶ月ですよ奥さん。

こんなアホでも母になるんだから人類どうかしてるぜ。





2月に産休入ってから鬼暇な毎日を持て余していたところに4月3日に陣痛が来て、20時間かかってなんとか自然分娩で出産致しました。

 

出産してからは生活が180度変わり、毎日獣のような我が子の泣き声の中髪振り乱して子育てをしていたとさ。いやー、、、辛かった、うん。というか現在進行形で毎日最低10回は「勘弁してくれ。。。」って思ってるマジで。

 


ただまあ、充実してるし楽しいです。正直出産前はあまり子供も好きになれる自信もなかったので我ながら早速毒親にならないかリアルに心配していたわけだけど、自分の子供ってやっぱり違う。

 


可愛い。

本当に可愛くて毎日が幸せです。

柄にもなく。



旅行に行ってる日々以上の新鮮さに毎日触れられて感動しっぱなしですハイ。

 

少しだけ落ち着いて来たのでせっかくなら人生にそう何度もない育児について書き留めていってもいいかなと。

 

紙の日記とやらをつけるのが超驚異的面倒なので、これから先思ったことやら子育ての日常を気が向いたときにでも更新していこうかと思います。

 

おそらく次海外旅行に行くのは最速でも来年以降になりますので全く旅行記ではなくなります。新しく別のブログ立ち上げようとも思ったんだけど、それやっちゃうとさ、海外いるときみたいに毎日更新しないと気が済まなくなるのでこちらに投下したほうがいいかなと思ったわけですよ。

 

だってほら、毎日記録つけるなんて家事も碌にこなせてないのに、ねぇ?

めんどいやん?無理やん?笑


 

というわけでほぼ自己満の備忘録になります。



本当にたまーに。気が向いた時にポッと更新するくらいになるかな。

 


 

宜しくどうぞ。