
広い土地を、
手に入れるのは難しい。
けれどもやはり、
都市に住もうと思う。
狭さの中にも、豊かさはつくれる。
緑はなくても、風は吹く。
そんな知恵や技工夫や技術が、
この国にはきっと、あるのだから。
考えよう。
答はある。
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磯島拓矢さんのコピー。
ヘーベルハウスのコーポレートアイデンティティ(CI)です。
僕はCIが苦手です。
書くのも、読むのも、なんとなく避けてしまう。
というのも、「夢」とか、「希望」とか、
なんか大きいことを言ってやろうっていう、
無責任さがにじみ出てきてしまう気がするんです。
そうやって掲げた言葉が、
その会社の血となり、流れていくべきなのに、
その言葉と、社員さんたちの気持ちが
かい離してしまうんじゃないか、という危険性があると思う。
拡声器にのって、
大きく吐き出された漠然とした声は、
多くの人の心の奥底には響かない。
「考えよう。答はある。」は、
拡声器にのった声というより、
ささやくように、自分たちを律する言葉だと思う。
自分たちに言い聞かせるように、
心の中で放たれた言葉に近い。
だから、リアルだし、
嘘のない、伝わる言葉に聞こえる気がするんです。
「考えよう。答はある。」は、
普段、僕が自分に言い聞かせるようにしている。
できる限りだけど。
毎日のニュースとか、偉い人が書いた本とか、
自分が何気なく触れている日常の中には、
「正しそう」ってことがあふれている。
でもそれを「正しそう」なまま横流しにしていってしまうと、
良くないことも、そのまま自分の前を通り過ぎていっちゃう。
それが真実であっても、答じゃないのに。
自分が変えていけることも、
きっとそのままになってしまうんだと思う。
常識って、怖い言葉で、
常識だと思い込んでいるもの以外を排除してしまう
残酷な概念だと思う。
世の中にはいろんな真実があって、それは一つじゃないんですよ。
そうやって考え続けることで、
変えていける何かがあると思う。
