監督は談話室のやわらかいソファーから「よっこらしょ」と


立ち、何気なくスラックスのポケットに手をいれと、


数枚の折れ曲がった名刺が入っていた。


りさは肩に掛かる程度の長さの茶髪だった。


長いまつげを付けていた。


ゆかりは大柄で、高校で三年間バレーボールをやっていた。



 監督は自らの記憶力を試した。

記憶力は監督業において重要な要素だ。


監督は記憶力をいじめ続ける。


みほは背が低くて、あまり喋らなかったはずだ。


ひろみはアルバイトだったから今度店に行ったときにはいないかも知れない。


ともみもアルバイトだったな。


「監督もアルバイトみたいなものですよね」とともみは言ったっけ。

「そんな大事なことをあの席で告げてこなくたっていいではないか。


他にも話すのに適した状況はあったろうに。


この競技は状況判断の連続である。


より正確な判断と行動で敵陣に接近しなくてはならない。


戦術理解度が乏しい選手は起用しないのは監督の方針である。


そういう選手のことを『計算ができない』などと表現するが、


単に監督が寂しがり屋なだけかも知れない。

監督は高級クラブでホステスの太ももを存分に玩んでいた甘い時間を思い出す。


三十代から四十代の女性の弾力が一番監督は好きだった。当然サッカーよりも。


「4‐5‐1が世界では主流のフォーメーションだが、ここは釜本時代に戻って、3‐4‐2というのもアリなんじゃないかしら」


 監督はマグネットを3‐4‐2の形に配列する。


フォーメーションが一人足りないことに監督は気付かないまま、ホワイトボード用マーカーで選手の動線を書きいれる。


「相手がこう来たらこう、こいつがカバーに回って、空いたスペースを突く」


 数十年後に人数の定員が曖昧になることを現時点では誰も気付いてはいない。

凡庸な選手三人に対して有能な選手一人と換算されるといった具合に、選手はますます物質化する。