今日はひっさびさに20:00に帰宅できました。


いわゆる「After 6」ってのがない私には、20:00に帰宅できるなんてまさに奇跡ですキラキラ




で、それはそうと・・・


今日、会社で休憩時間に新聞新聞を読んでいたら、ケータイに束縛されている青年」に関するコラム記事が載っていました。


コラムの内容をざっくり説明すると、ある女子高生がケータイに束縛されて疲れたので、先生に”私のケータイを取りあげて下さい”とお願いしたというエピソードからはじまって・・・



”先生にケータイを取り上げられた”ってことにしたら友達からのメールにスグに返信もしなくていいし、友達のプロフを気にして数時間おきにチェックしなくてもいいからラク、とその女子高生。



記事を読み進めると、イマドキの高校生の47%がケータイネットに自分のプロフを載せていて、数時間おきに自分が今している事とか、状況をUPして、それを友達同士でチェックし合う、というそうな。



数時間おきにマメに友達のプロフをチェックしていないと、学校で会った時、自分だけ話についていけなかったりするらしいです。


そして、手紙の返信も、スグにしないと数分後に

「おーい!」

「なんだよ!無視かよ!!」


ってなメールが返ってきて、友達関係にヒビが入るのだとか叫び



私たち、社会人同士のつきあいでは、みんな仕事してるしそれなりに忙しいので相手にスグに返信してくれることを求めないし、むしろそれで当たり前になってるけど・・・



どうやら、イマドキの高校生の間では


「友達の手紙にはスグに返信しないといけない」という暗黙のルールがあるみたいです。


いつ手紙がきてもスグに返信できるように、お風呂に入る時もビニールにケータイを入れて浴室に持ち込む高校生も中にはいる、との記事でした叫び



こういった「ケータイ事情」の中で、もう疲れてしまった・・・ケータイから開放されたい。


というのが、冒頭に出てきた女子高生らしいです。




ケータイって、確かに、持ってるだけでいつでもどこでも誰かと繋がっていられて、スグに本人と連絡がとれてほんっと~に便利なモノだとつくづく思います。



でも、便利な反面、”常に誰かと繋がってる”からこそ、自分がいつ、どこにいても気軽に呼び出されるし、友達のプロフを常にチェックしていないといけなかったり、《携帯》してるからこそ、メールにはスグに返信することが求められてしまう。



そんな、ちょっと厄介なモノでもあると思います。

なんていうか・・・自分のペースを乱されるというか・・・汗



イマドキの高校生、もうみんな殆どケータイを持ってて高校生活を便利な時代に過ごせて羨ましいなぁと、横目で見ていた私ですが・・・



便利になりすぎて、

繋がりすぎていて、


それが逆に時に息苦しくもあるみたいです。



思えば、私が女子高生だった頃(小室ファミリー全盛時代、ルーズソックスにアムロちゃんな時代でした・・・笑)は、ケータイなんて持ってる人は殆どおらず、”ポケベル”でした(懐かしい・・・懐かしすぎる)。



校内に一つだけあった公衆電話に、ベル打ちの行列が出来ていたのを思い出します。

(あぁ時代がバレル・・・同年代の方は懐かしく思っておられることでしょうね笑



でも、その”ポケベル”も、

今のケータイ程の普及率じゃなく、別に持ってなくても不便しなかったし、持ってない事で仲間はずれにされたり疎外感感じるようなことはありませんでした。


持ってる人はそれなりに楽しんで、でも持ってる持ってないに関係なく直接会って会話もいっぱいしたし、何より私たちの頃は


letter手紙memo*


でしたね。”Maii”じゃなくて”Letter”です。



授業中によくみんな教科書やノートで隠しながらコソコソ書いて、授業が終わると友達と渡しあいっこしたものです。ちゃ~んと、手紙のたたみ方のルールまであって・・・



イマドキの女子高生って、もう授業中にこっそり手紙書くことなんてしないんだろね、きっと。




ケータイメールも便利でいいけど、今日、このコラム読んでて


ケータイが普及してなかった私たちの時代の方が、よかったのかなぁ。

私はみんなが当たり前のようにケータイ持ってる時代に高校生じゃなくて、よかったかも。


って思いました。



あの時は、ケータイって確かに普及してなかったけど、あったのはあった。何人かは既に持ってた。

でもまだ「電話にメールの機能」なんて当然なくて・・・


こんな便利なモノが出来るなんて想像もしてなかったから、あの時の私たちはケータイがない生活に不便なんてあんまり感じず、それなりにその時代を楽しんでいました。



ケータイなんて、みんな持ってなくても

私は楽しく高校生活を過ごせました。


だから、今の高校生たちも、ケータイなんて普及していない時代に高校生やったら、きっとそれなりに楽しい生活を送れたと思うんです。



もう、こんなに普及して進化して、便利になって

”みんな持ってて、繋がってる”

ことが当たり前になってしまったから、ないと高校生活や友達関係に影響してしまうのであって・・・



なんだか、


ケータイって、進化し過ぎて、


”人を必要以上に繋げ過ぎて束縛してしまってる”


のかもしれないですね。



繋がらなくていい所まで深く繋がってしまって・・・



今いちど、

ケータイとの付き合い方を考えないといけないのかもしれませんね。


ケータイを便利に利用している、っていうより

逆にケータイに利用されてしまってる、


そんな気もします。



ケータイは、確かに便利。


でも、所詮「機械の繋がり」でしかありません。



本当に大切な人とは

「機械の繋がり」なんかじゃなく、本当に心の中のあったかいもので繋がっていたいなぁと思った私でした。




今日は、久々に深い内容のぶろぐでした。

長々とお読みいただきありがとうございました☆-( ^-゚)v