nabisonyoです。
当ブログにお越しいただきありがとうございます。
こちらは『麗~花萌ゆる8人の皇子たち~』の二次小説を書かせていただいています。ドラマのイメージを壊すとご不快の方はこちらでご遠慮ください。お許しいただける方は少しでも楽しんでいただけると嬉しいです。
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10月1日(土) 9:11
二頭の馬が蹄の音を立て、霧が出ている森の中を駆けていく。
わたしはあなたの前に乗り、どこか遠くへと逃げようとしている。その先に待っていることは何か分からない。
だけど、愛してもいない人と婚姻するなんてわたしにはできなかった。
生家で決められたこと。本当は逃げることなんて許されるはずがないのに、あなたはわたしを乗せて駆けていく。
あなたはなぜ一緒に逃げてくれるの?
『……様まで助けてくださるとは』
『人生を操られるさまを見たくないだけだ。お前だとなぜか余計にな』
片手で手綱をしっかり握り危なげなく馬を御し、わたしを支えるもう片方の手が熱く、不安な気持ちが胸を締める中、この手があれば安心してどこまでも駆けていけるかもと。そう、思えた。
紅い婚礼衣装。盛大に盛られた綺麗な髪。
だけどそれはわたしが望んだものでも、望んだ人のためでもない。頭の重みを和らげるため、違和感のある場所を触り、寝台の上で膝を抱え小さくなっていると部屋の外から声が聞こえた。廊下を出ると叱責する声が大きくなった。
『何のつもりだ!』
『名分とは事を行うための理由ではない。事を防ぐための口実だ』
‟事を防ぐための口実”
‟体に傷があると……と婚姻できません”
事を、防ぐ、口実
これから床入りをする相手がわたしを一瞥して通り過ぎて行く。その先は寝台がある部屋。だけどそれは受け入れられないと心が拒否をしている。
どうにかしなければと視線をさまよわせると、花が活けてある白い花瓶が目に入った。その花瓶を横倒し、台の上から落ちた花瓶はパリーンと大きな音を立てる。
ギュッと目を閉じ、両手に力を入れた。
床に散らばる白い破片に赤い血が滴る。
拾った破片で自分の左手首を切ったから。
『名分を、作ります。体に傷があれば……の妻にはなれないと』
そしてわたしはこの場所から出ることはなく、婚姻を反故にした罰としてそのまま働くことになった。
わたしの好きな化粧品を扱う仕事。漢字が読めなくてもきっとやっていける。自分の気持ちを守るためにしたこと。悔いはない。
扉を閉じるとあなたがいた。駆け寄り、一緒に並んで歩く。だけど何も言わないあなたに気まずくてお礼を言った。そう、お礼を言ったのに。
『あと少し、深かったら死んでた』
あなたはわたしの手首を掴み、苦しそうな顔で言った。あなたの表情に、怒った声に、心配する気持ちに。少しでも安心して欲しくて、小さく反論した。
『わたしは生きてる』
『傷を背負うつらさが分かるか?一生ここから出られないかもしれないんだぞ。なぜここまでする。いっそ……にでもなって』
『自分でも分かりません。どうしてもダメなら目をつむって床入りしようと。でも無理だった。だから自分で解決しようと、そう思ったんです。気がついたらこうなってた』
『愚か者め。二度とするな。許さないぞ』
わたしを心の底から心配する目に、戸惑い視線を逸らす。
心の奥で何かが小さく音を立てた気がしたから。
目が覚めるといつもの天井が目に入る。
「傷?」
自分の左腕を持ち上げて視界に入れるけど、傷痕なんて何もない綺麗な手首。
「痛むような気がしたのに……」