nabisonyoです。
いつも当ブログへお越しいただきありがとうございます。
こちらは『麗~花萌ゆる8人の皇子たち~』の二次小説を書かせていただいています。
ドラマのイメージを壊すとご不快に思われる方はこちらでご遠慮ください。
お許しいただける方は、少しでも楽しんでいただけたら幸いです。
今回は3話で終わる予定です。そして暗めの話。
宜しくお願い致します。
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「名前は?」
「……ポクスン」
それは遠い日の二人の会話。
あれからどれほどの時が経ったのだろう?
200X年
大韓民国 釜山 某レストラン
その日は祖母の母、つまり俺のひいおばあさんの誕生日だった。100歳になりひいおばあさんのご近所さんなど、俺がいつもは顔を合わせない人たちもお祝いの席にたくさん集まりつつあった。
最初は従弟の兄や弟と遊んでいたけれど、やはり癖のように店内に飾られていた写真集に目が行き手に取った。その写真集には世界中の国が色鮮やかに写し出され、俺をすぐに夢中にさせた。美しいものに心惹かれるのは遠い日の記憶と変わらずにいて、あの時より自由に旅をすることができる今、世界中の風景をこの眼で見たいと強く思った。
次のページを捲ろうとした時、扉が開き店内に柔らかな春の風が入ってきた。その風は薄いピンク色の膝丈のワンピースを着て、同色のリボンで長い髪を結んでいる女の子を一緒に連れて来た。
一目見た瞬間、分かった。
あの意志の強い瞳が今は恥ずかしいのか床を見つめ、母親であろう人のスカートを握りしめて影に隠れていた。俺は夢中になって見ていた写真集をすぐに閉じて立ち上がり、真っ直ぐにその女の子を目指した。そして母親のスカートを握りしめていた手と反対のその小さな可愛らしい手を取り、優しく包むように握った。驚いた女の子は視線を俺に向け一瞬驚いた顔をしたけれど、次の瞬間には微笑んでくれた。
「ウ、ヒ」
そう小さく囁くと女の子も囁いた。
「ペガ」
二人で微笑みあい、その日はいつまでも離れず二人並んで写真集を眺めていた。
あの日胸に溢れた幸福感を今でも覚えている。
あの日から20年。
「ん……、ジュヒョク?」
寝ている彼女のおでこに唇をつけるとモゾモゾと動いてジュヒョンが起きた。
「おはよ。まだ早い。もう少し寝ていても大丈夫だぞ」
「ん……」
気だるそうに答えると俺の胸に頭を擦り付けて落ち着く場所を見つけたのか、また小さな寝息を立て始めた。
小学校までは親を介して仲良く遊んでいた二人だが、俺が中学生になった時には距離を置くようにした。最初はジュヒョンと遊ばないのかと問いかけていた親も、よくある思春期に入った男子特有の照れだとでも思ったのか何も言わなくなった。
だけど本当はずっと親に隠れて会っていた。高校生になっても、大学校に入るために俺が一人釜山からソウルに出てきてからも、社会に出てからもずっとジュヒョンと会い続けていた。
俺だけの、秘密の愛する人だったから。
ジュヒョンをこの胸に抱きしめていられる喜び。だけど自分では彼女を幸せにすることはできない。それに気が付いたのは割と早い時期だった。
その日胸を締めた絶望感を今でも抱えている。
「ジュヒョク!」
キッチンでコーヒーを入れていると、シャワーを浴びるために向かったバスルームからジュヒョンの怒った声が聞こえてきた。勢いよく開かれた扉から出てきたジュヒョンは案の定怒りの形相をしていて、例えるならマンガでよく描かれている頭から湯気が出ている、という感じだった。
「今日は撮影だからダメだって言ったじゃない!何で痕付けたのよ!」
怒っているジュヒョンの声すら愛おしく、微笑みながらコーヒーに口を付けた。
モデルをしているジュヒョン。今日の撮影は肌をギリギリまで出すから赤い痕をつけるなと散々言われていた。だけど、解っていてわざと赤い痕を付けた。
だってそれは……。
「俺、今日から海外だから」
ジュヒョンが怒っているのも気にせず、ただ伝えた。
「え!?海外?聞いてない!」
「うん、言ってない」
「どこっ!?いつまでっ!?」
当然まだ怒っているジュヒョンは俺の言葉にさらに怒りを増したようで、眉根を寄せてイライラとしていた。
「秘密」
さっきまで怒っていたジュヒョンだが、俺の返事を聞いて一瞬にして青褪めた。
あぁ、もう気が付いたか。
きっとジュヒョンも「いつかは」と思っていたのだろう。そう、お互いがいつか離れなければいけないと思っていたはず。だからこそ、この年になるまで一緒にいたのは遅すぎるくらいだった。
だけどどうしても手離せなかった。
それでも、ジュヒョンの花が開ききる前に。俺が摘み取ってしまう前に。俺の手から離れて幸せになって欲しかった。
やっと決心がついた。
マグカップをカウンターに置き振り返る。そのままカウンターにもたれ、両手はカウンターの端を強く持つ。そうでもしないと決心が鈍りジュヒョンを抱きしめてしまいそうで。
「すまない。私のせいだ……」
「今さら……。今さら謝るなんてズルイ!今さらペガを出すなんてズルイ!今さら私から逃げるなんてズルイ!」
「……泣くな。これから撮影だろ?」
そう言えばプロ意識の高いジュヒョンが涙をこらえるのを分かっていた。それは俺のワガママ。涙を流す姿を、最後にしたくなかったから。
俺の一言に必死に涙を堪え、ひたすら俺を睨みつけているその姿が愛おしい。
「この部屋、今月で契約切れるから。ジュヒョンの荷物、出しておけよ。残ったものは処分してもらうように頼んであるから。鍵は一階の管理人に渡しておけばいい。じゃあ、俺は行くよ」
「ジュヒョク!」
玄関の扉が閉まる時に聞こえた叫び声も振り切り、仕事道具を入れたリュックを肩にかけてその足で韓国を出た。
俺が27歳。ジュヒョンが24歳の春だった。