激(げき)水の疾(はや)くして石を漂(ただよ)わすに至るは、勢(せい)なり。鷙鳥(しちょう)の疾(はや)くして毀折(きせつ)に至るは、節(せつ)なり。このゆえに善(よ)く戦う者は、その勢(せい)は険(けん)にしてその節は短なり。勢(せい)は弩(ど)を彍(ひ)くがごとく、節は機(き)を発するがごとし。

紛紛紜紜(ふんぷんうんうん)として闘(たたか)い乱(みだ)れて、乱(みだ)すべからず。渾渾沌沌(こんこんとんとん)として形円(まる)くして、敗(やぶ)るべからず。

ゆえに善(よ)く敵を動かす者は、これに形(けい)すれば敵必ずこれに従い、これに予(あた)うれば、敵必ずこれを取る。利(り)をもってこれを動かし、卒(そつ)をもってこれを待(ま)つ。

ゆえに善(よ)く戦う者は、これを勢(せい)に求めて、人に責(もと)めず。ゆえによく人を択(す)てて勢(せい)に任(にん)ず。勢(せい)に任ずる者は、その人を戦わしむるや、木石(ぼくせき)を転ずるがごとし。木石(ぼくせき)の性(せい)は、安(あん)なればすなわち静(せい)に、危(き)なればすなわち動き、方(ほう)なればすなわち止(とど)まり、円(えん)なればすなわち行(ゆ)く。ゆえに善(よ)く人を戦わしむるの勢(いきお)い、円石(えんせき)を千仞(せんじん)の山に転ずるがごときは、勢(せい)なり。


(意訳)

激流の水が疾風の如く石を押し流すのが、勢である。鷹が、獲物の骨を砕くほどの一撃を加えることができるのは、節目を心得ているからである。だからこそ、戦闘の采配に巧みな者は、険しく鋭い勢を持ち、極めて短い一瞬の間にすべての攻撃を行うのである。勢は引き絞った弓のように、節目とはその手を放す時のようである。

いかなる乱戦においても、自軍は統率を乱してはいけない。いかに敵に応じて忙しく陣形を変えたとしても、隙を作って敵に撃破されてはいけない。混乱した軍は、整然たる軍から一瞬にして生み出す事ができ、臆病さとは、勇敢さから一瞬にして生み出す事ができ、弱小な軍とは、強大な軍から一瞬にして生み出す事ができるのである。整然と混乱はその時の部隊編成によって決まり、勇敢さと臆病さはその時の勢によって決まり、強兵と弱兵はその時の体勢によって決まるのである。

だから、巧みに敵兵を操る事ができる者は、敵の判断を誤らせる体勢をとって釣り出し、敵は奪えるものはすべて奪いに来るである。餌で敵を釣り出し、そこを叩くのである。

だから、戦闘の采配に巧みな者は、軍全体の勢を重視して、兵士個人の能力に頼らない。だから、適所適材の配置の後は、勢を作り出してそれに任せてしまえば良いのである。勢に任せる采配が士卒を奮戦させるのは、まるで木や石を転がすようである。木や石とは、平地であれば留まり、斜面であれば動くのであり、木や石が角張っていれば止まり、丸ければ転がるものである。だから、巧みな采配による勢とは、丸石を山上から千尋の谷まで転がり落とすようであり、これが、本当の勢というものである。

善く戦う者はこれを勢にもとめて人に求めず。



(解説)

弓を引き絞るように準備を重ね、矢を放つ様に、勝負を一瞬に任せることの重要性を説いている。


名将は、整然としたシステムを構築するのであって、個人の能力に頼らない。優れた組織さえあれば凡庸な集団であっても、優秀な個々が勝手に命令を無視して気ままに戦う集団よりよほど強い。


整然とした組織であっても、統率が乱れれば、瞬時に機能を失う事も有り得る。

だから、優れた指揮官は、小さな利益で相手を誘い出し、敵の組織を乱すのである。


詐欺師も小さい利益で誘い出す。還付金詐欺などがいい例で、少額のお金を振り込めば、還付金が受けられるというものである。ひょっとしたら、優秀な詐欺師は優秀な企業家になりうるかもしれない。


とにかく、知恵者はシステムを作る。太古の知恵者は、お金という概念を作った。あとは勢いに任せて、全世界に金融のシステムが広がった。現代の知恵者は、インターネットを作った。あとは勢いに任せて、全世界にインターネットが広がった。知恵者がSNSを作った。あとは勢いに任せて、全世界にSNSが広がった。


とにかく、優れたシステムには逆らわないことである。むしろ、勢いに乗って、うまく流れに乗るべきである。それが、凡人の賢い生き方である。