朝食を済ませてお部屋に帰ると
窓辺のヨットハーバーは、ギラギラ
太陽で輝いていました。
せっかくですから、ベランダで
記念撮影。
今日から、愛犬ルカの替わりに?
ぴょん吉くんのレギュラー化です。
417号室、お世話になりました。
愛車もこの炎天下でエンジン掛けて
しばらくエアコン付けないと中に
入れそうにありませんね…。
昨夜と同じポイントから記念撮影。
マリーナホテルさん。
お世話になりました。
佐島を後にして、県道を三崎口方面へ
ステディには以前から、今回の旅を
『日本近代化と防衛』というテーマで
横須賀に行きたいと言っていました。
私は『近代化』という点で、まず
その“導火線着火”になった歴史的な
事件の資料館訪問を、前日の夜に
構想の中に組み込んでいました。
『横須賀の前に立ち寄りたい所が
あるんだけど、言ってみない?』
『あん、ええよん♪』
昨日の海とプールですっかり上機嫌
ですから、快諾を受けまして
ホッとしました。
しかし、暑い(~Q~;)!!!
途中でマックを発見し、20分休憩。
フルーリーでも食べないと頭も身体も
壊れそうで…
ステディは無邪気に壊れそうな表情で
楽しんでいましたが♪
私はぴょん吉にもフルーリーを
与えながら、結構ダウンしていますね。
三浦半島は海岸沿い以外はかなり
山がちな地形が多い場所なのですよ。
山を越えるように、街を伝い走ります。
そして、午前中にねじ込んだ予定とは?
そう、幕末の騒乱を“着火”した事件。
みなさん歴史で学んでご存知の…
『ペリー(来航)記念館』
当時、浦賀奉行として折衝役に
当たったのが、戸田伊豆守。
龍馬の妻、おりょうさんのお墓が
三浦半島の大津という所にありますね。
『龍馬伝』ブームが去ってから行くべき
だと思っています。
ステディとペリー。
このペリーの写真が一番有名ですかね。
四つの船。
サスケハナ・ミシシッピ・サラトガ
そしてプリマス…
当時、浦賀は見物人でいっぱいになり
勝手に小船で近くまで繰り出し、
上船して接触を試みるものもあったが、
幕府から武士や町人に対して、十分に
警戒するようにとのお触れが出ると、
実弾砲撃の噂と共に、次第に不安が
広がるようになった。
このときの様子は
「太平の眠りをさます上喜撰
たった四はいで夜も寝られず」
(蒸気船と茶の上喜撰、4隻を4杯、
茶で眠れなくなる様子を、
黒船の騒ぎとかけた皮肉)
という狂歌に詠まれている…。
ステディは、けっこう記念館好きで
パンフレットをもらい旅の記念に
スタンプを押すことは欠かせません。
来航に際して、東京湾をかなり測量して
帰ったんですよね。なんか、いやらしい
感じがして気持ち悪いです。
上陸の様子の風刺画ですか?
こちらは教科書なので見たことある
タイプですね。
鯨油を求めてついに極東まで来て、
寄港地として日本へ土足で入ろうと
したアメリカ。。。
その腹黒い気質は今も受け継がれている?
私も敵視するような悪意の国家勢力には
腹黒くあろうと思いました。
続く…