1994年の韓国ソウル。
中学生のウニの不器用でまっすぐな生き様を描く。
高圧的な父親、暴力を振るう兄、いまいち心を開けない友達。
唯一心を開けた漢文の先生も気付いたらいなくなってしまって、。
そして、ソンス大橋の崩落。
思春期時代の「自分だけがこの世界から取り残されてる」「自分だけが不幸だ」
みたいな感情を上手に表現している映画で、じわじわ共感する部分が多かったと感じた。
この世界はなんて理不尽なんだ。
別にこの映画を見る前から重々に思っていることだけど、
こうした映画を見ると改めて思わされてしまう。
好きと言われた後輩に、次会ったときに「あれは前学期の話」と冷たくされたり、
2時と言われたから2時に来たら11時だったと言われたり。
小さな理不尽が積み重なって大きな理不尽を生み出していく。
”はちどり”のようにか弱く、だけど力強く生きようとするウニの姿に
少し元気づけられた。
とここまでが、映画の感想なのだけども、
何だろう。色々思い出したなあ。
自分だけが悲劇のヒロインみたいに思ってしまって
世界が真っ暗に見えてしまうなんて、あるあるなのだろうか。
最近分かってきたのが、いい人も悪い人もこの世には存在しなくて
人はみんなどっちとも付かないグレーな存在ということ。
まあその良い面と悪い面のどれが割合高く現れるかというのは
人それぞれなのだろうけど。とんでもないクレーマーが家では
子供を甘やかしているかもしれないみたいな。そういうのを
考えると人っていとおしいなと思うけど、実際悪い面に遭遇した時には
そんなこと考える余裕もなかったり。
あとは、はちどりの漢文の先生をみて学生時代の講師だった時を
思い出したり。自分はあんな風に人の弱さに向き合える講師じゃなかったな。
長時間労働と低賃金、謎のノルマに辟易して、生徒と向き合えなかった気がする。
バイトと割り切らずもっと向き合えていればという思いも今はあるけど
当時はカツカツでそんな余裕がなかった。あのときの生徒一人一人に
会う機会は一生ないだろうけど、そんな思いはこれから先消えることはないのだろう
と思う。
理不尽さを感じたことはあるだろうか。
思いついた理不尽はどれも小さな事で、実はただの努力不足なのかも
しれない。その線引きは難しいけど、あるのかなあ。
最近でいうと「上司出せ」って怒鳴られるけど上司は出せないとか。
この世界の埋没された理不尽さに比べたら小さいよなあ。
この不思議で、だけど美しい世界の中のちっぽけな存在ではあるけれど
一人一人はしっかり価値ある存在なんだ。ハチドリのように。
力強く生きようと思いました。
おしまい。

