自分が変る | 「おふさいど」は反則です。 第2章

「おふさいど」は反則です。 第2章

北陸で約10年。ローカルルールに疑問を抱きならが生活しましたが2010年1月末に北九州へ強制送還。ラグビー生活が中心で趣味が仕事で仕事が趣味・・・ではないけど、まぁ適当な日記です。

KUSMは学生主体のチーム。

運営はもちろん、試合を決めることも、練習内容も、すべてにおいて

学生が最終判断し結論を出すチームです。


フルタイムのコーチでない以上、どこまで介入していいのかと言うのが

2年目以降の課題でした。 出てくる練習メニューとやりたいことを

聞いて、間違っていれば客観的に指摘することで、その役目を

なしてきたと思っていました。


でも、それでは無理ですね。

いい加減ストレスも限界に来ました。

なので、殴る蹴るの暴行ではなく、愛のムチでシバキ倒して

言い訳できないくらいに練習量を増やすことにしました。


半分くらい嘘です。(笑)


ということで、練習についてはトコトン入ることにしました。

自分の中では今年度限定。 夏の西医体直前までです。


このチームに関わって約6年。

それまでに残せてあげることができたのは、スタッフはもちろん

プレーヤーが、「それなりに」頑張った成果だと思っています。


でも、残念なことに「それなり」なんですよね・・・・


西医体が近づかなければ、気持ちが乗らないチーム状況が

とてもイヤで仕方なかった。というのが本音。


日頃からの準備の積み重ねが、「楽しくゲームができる」ための

ものなのに、準備の段階が「激アマ」な状況。 これでは

西医体で結果なんか残せない。


ですから、「怒る」ことにしました。

自慢じゃないですが、私はめったなことでは怒りません。

基本は理論的に説明することにしています。


でも、これだと限界があるんですね・・・

全員が「熱く」なるために、私自身がもっと熱くなる必要がある。

そう思いました。


少ない人数だからこそできる「気配り」と「結果」と「結束」。


今年の夏に向けて、再始動します。


・・・・話し変わって。


昨日は、高校の準決勝。 二水と鶴来。

二水、よく頑張りました。 ディフェンスもアタックもできることは

やったと思います。でも、「もっとできたのに・・・」と思っている

でしょうね。「もっとできたのに」と思わないようにするために

日頃から練習して、練習して、楽しいゲームをするんですよ。


最後は2人しか残らなかった3年生。

翔太にゆうた。 よく頑張りました。


3年生が引退した年の新人戦。

人数が足りなく、合同チームでの参加に大半が不参加だったのに

最後まで参加したいと言ったのも、2人だったそうですね。


人数を集めなければと、いろんな部活やクラスを回って勧誘し

部員を集めて回ったこと。


KUSMとの練習試合で大学生に勝ったこと。


3年になり、春の大会で2人を残して引退した3年生に

愕然としていたときもありました。


代表選抜の召集では、ある意味、経験になったでしょう。


早稲田のサマースクールで、全国のスキルを目の当たりにした。


そして、昨日高校最後の試合。

ファインダー越しに、タックルに行く姿を、自分の息子ながら

かっこよく思いました。


希望としては、これからもラグビーを続けてもらいたい。

そう思っています。


とりあえず、目先のセンターと目指す大学に入れるように

切り替えること。 そして、2人とも、来年の春には

希望した大学の門をくぐれることを願っています。


お疲れ様でした。