台風きてますきてます。
降りすぎるのは困るけど、雨は嫌いじゃないんだな(´∀`)
何だか落ち着く。
家の中から降り続く雨を見るも良し、音を聞くも良し。
外を歩きながら、傘の中に自分だけの世界を感じるも良し。
傘もささずに、雨にうたれるも良し。
共通しているのは、自分と向き合うのに良いお天気だってこと。
てことで今日は、たっくさんある自分の思いを一つとりあげてみる。
それは、
「覚悟を決める」ということ。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
私は優柔不断だ。
絶対に、圧倒的に、迷う余地なく、白黒はっきりつけられる「何か」も持ち合わせているけれど、
それ以上に、何となく気が乗らないものや、何となく他の選択肢が気になってしまうようなことが多い。
レストランのメニューとか、
今日履くパンプスとか、
週末に誘われたパーティーへの参加の可否とか、
本当どうでも良いようなことに迷うし、結局どっちでも良いから迷う。
どうでも良いことだけなら良いんだけども、
近頃、自分の進路も迷うという事態にぶちあたった。
AとBという二本の道に導かれる分岐点に出会ってしまった。
今自分が進もうとしているAが本当に自分にとって良いんだろうかとか、
実はもっと別のCという道があるんじゃないんだろうかとか、
Aという道を選びつつ、Bという道をちらちら横目で見ながら、Cをきょろきょろ探して進んでいっている状態。
結局AとBのどちらが正解かなんて、誰にもわからないから、もやもやずるずる、とりあえずAを進んでいく。
そんな私。
でも、
でも、
それって何だかわくわくしない。
そう思っていた時、一つのメッセージを得た。
それが、「覚悟を決めろ」ということ。
私にとって、この言葉はこれまでとんでもなく重く響いていた。
覚悟って・・・
何だかそれに縛られているみたいで窮屈・・・
自分の気持ちが素直に応じられないことに対して前向きになるなんて・・・
もっと軽やかでいたいし・・・
だけど折角だから、改めて「覚悟を決める」ことに対し、思いを巡らせてみた。
①そもそも、たとえどんな道であっても、自分自身がこれまで歩んできた道とつながっている。
それならば、どんな道を選んだって、それは自分にとって「必要な道」であって「ちょうど良い道」なのかも。
②AもしくはBどちらかを選択することに前向きになれないということは、
必ずしも自分の魂がそれらの道を拒否しているのではなく、もしかして自分の器や自分のコンフォートゾーンを広げる時期に来ましたよって教えてくれているのかもしれない。
③覚悟を決めるって何だか縛られているように感じていたけど、
実はさっさと道を一つに決めたほうが、他の道から解放されて自由になるかも。
などなど・・・
そして出た結論。(早)
「覚悟を決める」って、「その道で前向きに生きていくことを選択する」、とっても自由で前向きで軽やかな発想だ!!!
覚悟を決めるって、何も重いものとは限らない。
少なくとも、覚悟する(自分で人生を選択する)ことで、そこに自信と自尊心を感じられるから、ふにゃふにゃ迷う心を持ち続けるより、圧倒的に気持ちが軽くなる。
決めちゃえば良い。
迷うなら、迷うからこそ、決めちゃえば良い。
◆◇◆◇◆◇◆◇◆◇
まあね、そんなこと言ったって、人間は迷うのです。
自分にとって、より良い方を探して探して、迷うのです。
それでも、
Aを選ぶと一旦決めたならば、そこでちゃんと覚悟を決めて、Aを進んでいける自分になりたいなあと思うのです。
他に選ぶべき道があるならば、Aを進んでいったその先に、また分岐点が現れる。
そう信じて、自分の選択を信頼して進めば良い。
さて、外が暴風雨で大変なことになってきました笑
すべての人々の幸せを願いながら、おやすみなさい。