8月も10日。天赦日。
立秋も過ぎたというのに、この暑さ。
本当に、外出するのも嫌になるほど。
外出したらしたで、暑さを口実にして、やたらとカフェに立ち寄ってしまうから、
最近新しいカフェに続々出会えているという笑
特に今日は私好みの素敵なカフェに出会えて、
しかもしかも混んでいたのに、一番奥のナイスな席がぽっかり空いていたという♪
ラッキー( ´艸`)
そんな感じでカフェに寄ると、
なんとなーく、持ち合わせていた用済みの用紙に、
心にうつりゆくよしなしごとを、そこはかとなく書きつづってしまう。
で、満足してしまうので、ブログに立ち寄らなくなるというね笑
言い訳でした←
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今日は「人事を尽くして天命を待つ」というお話。
自分のベストを尽くしたあとは、天の計らいに任せましょう、ということ。
これまで、言葉は知っていたものの、どうも自分にはしっくり来なかった言葉。
きっとエゴが強すぎて、「待つ」ということが出来なかった。
自分の道は全部自分で決めたかった。
そんな、これまでの私。
最近、少し受け入れられるようになってきたんだ。
その理由(この言葉に対する解釈)は2つある。
1つ目。
自分に起こることには天の計らいがある、という事実を知り始めているから。
「天」とはsomething great。人間の力が及ばない世界。
そんな計らいがあるならば、自分がベストを尽くして得られる「天命」が何なのか知りたい。
自分の願望と異なることが起きた場合、そのことには何か意味がある。
起こった事実の先に自分の使命が待っているかもしれない。
起こった事実から得られる学びが今の自分には必要なのかもしれない。
もちろん、天命には「人事を尽くして」いることが前提ではあるけれど。
本当に大事なことには人事を尽くすことができるはず。
2つ目。
人事を尽くすと、心の余裕が生まれるから。
心の余裕があると、前向きな想像をして、それが創造される。
それがわかっているから、天命を待つ余裕も出来る。
つまりこちらの解釈では「天」とは「自分の中の潜在意識」なんだよね。
じゃあ、願望が叶わなかった場合、潜在意識で現実をうまく創造できなかったのかって話になるけど、
その原因はやっぱり「人事を尽くして」の部分に問題がある気がする。
その問題とは、1つ挙げるならば「自身の欠如」。
どんなにベストを尽くしたって、自分を信じていなければ、潜在意識の創造力は期待できない。
自分を信じることも、忘れてはならない人事だと思う。
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まあね、本当はこんな解釈どうだって良い。
something greatと潜在意識が同じっていう解釈も出来るわけだしね。
ただ、あれやこれや考えてみてわかったことは、
人事を尽くして天命を待つ、というのは、
自分のベストを尽くして、自分を信じていれば、願望通りであれ何であれ、
自分にとって最高の結果になる
ということだと思うのです。
長々書いて、結局は当たり前のこと。笑
だけど雑念に捕われて忘れがちなこと。
また明日から毎日を楽しもう( ̄▽+ ̄*)