たまには父の事。
この数日、なんだか、いつも父の事が思い出されるし、なぜか、語りかけてしまう((゚m゚;)
12月は、いつもそうなんやけど…。
平成4年12月10日、私の父は死んだ。
まだ、70代。今の時代では若いよね〜〜。
今年の父の誕生日に、ちょこッとブログに書いたけれど、
父は、とても道楽な人やった( ̄∩ ̄#
だからか?
母とも、しょっちゅうケンカしてたし、何回か『別れるー!\(*`∧´)/』ってなり、
だから、私は高校時代を別府で母と過ごした。
私が大学生となり、大阪に帰ってからも、家庭内別居?みたいな感じで暮らしていて、
社会人となり、数年した後に、耐えきれず、一度、私は家を出て、独立したんよねヘ(゚∀゚*)ノヤッター!一人暮らし〜!
これで、当時の一人暮らしにしてはデカイ冷蔵庫を購入。
つい、この間まで、私のマンションで動いてたんよー(・∀・)
30年近く!!驚異的ー!
そして、私の後を追うように、父も家を出た。
平成4年11月25日の夜、8時過ぎ、
父から電話が入った。
『家に帰ってもいいか?』って((゚m゚;)
それに、私は答えられず、
『ママが退院したら、ママに言ってーやー』と電話を切ってん。
ちょうどその時、母は子宮ガンの手術の為、入院してたんよ。
その電話の半月後、父は亡くなった。
ママが退院した日やった。
父の願いは、間に合わなかった。
そして、私が、最後に父と交わした言葉は、最後のあの電話でとなってしもた。゚(T^T)゚。
見つけられた時は、すでに硬直して、合掌もきちんと出来なかった。
父の最後は、肌着は首回りも黒く汚れていて、寝巻きも汚かった(iДi)
ママと暮らしてたなら、そんな汚い肌着は着せてない!!
若い頃は、本当にオシャレで、ちょっとロマンスグレータイプ。
顔も、まあまあ男前(・∀・)
頭が良くて、多趣味で、モテまくった人。
そんな人の最後は、
誰にも気付かれず、亡くなって1〜2日後に発見され、衣類は汚かった(ノДT)
最期の父の姿。
あの時の電話。
なぜ、帰っていいよ、と言ってあげれなかったんだ!と言う後悔。
亡くなって24年が過ぎた今も、
私の最大の後悔のひとつ。
勝手な両親の行動に、振り回された子供時代ではあったけど、
私にとって、親は、
今となれば、憎むべき対象にはならず、
父の死も、
母の死も、
私に大きな後悔を与えた。
背負い続けるつもり。
人生は平等だー
…と、誰かが言った。
若い頃は、家庭を顧みず、好き放題して暮らした父の1人ぼっちの死。
若い頃は、昼夜働いて、子供を育て、わがまま放題した晩年。
みんなに見守られながらの母の死。
帳尻合っとるんやろかね〜?!(´Д`;)

