ブログを書いていたことさえ忘れていた。

今になって自分の過去の記事を読むと、泣けてくる。

ブログタイトルがあまりに直接的で怯えた。おそろしいタイトルだな、なんだこれ。

 

いいねもアメンバーもメッセージも全て拒否しきっている日記ブログだというのに、

アクセスもちらほらある。

読めない記事も多いのに500を超えるアクセスがあった日もある。おそらくどこかに晒されることもあったのかもしれない。

鬱陶しい。面倒だ、と思いつつも、誰かが興味を持っていることに感情が刺激された。久しぶりにブログ更新した。

 

私は結果的には精神病棟に入院して良かった、と思っている。

入院生活は、知り合いが増える事でなんとか乗り切った。

一緒に廊下をぐるぐる散歩したり、おしゃべりしたり、おやつを食べたり、トランプやUNOをしたりする。

気の合う人たちで頭数を揃えて、みんなで何のゲームをするか、話し合う。

ナースステーションに、トランプとUNOを借りに行く。

楽しい時間だった。

トランプをしながら若い女の子がなにげなく言った「私、入院してから病名変わったんですよねぇ」と。私もだった。

 

○病と診断されていたが、別の病名に変わった。薬の名前ががらっと変わった。

そうすると、それまでぐちゃぐちゃだった頭の中が、少しずつ、本当に少しずつだが、整理されていった。

内側の汚れを拭いているだけではいつまでも窓は透明にならない、外側の汚れも拭かなければ。

 

転院して良かったのだ、と振り返ると何度でも思った。

あの時、もし入院していなければ、ここの精神科の医師に診断されなければ、私は○病用の薬を飲み続けていた。

 

振り返ると。何度か振り返ると。

私は結婚前から、もしかしたらずっと前から、もしかしたらこの症状を持っていたのではないかと思ったりする。

精神科に行くことなど露ほど考えたことはなかった。しかし自分の思い通りにならない心の状態に苦しんでいた。

 

精神科の門をくぐったのは、3番目の妊娠の結果がきっかけだ。

そして最初は○病と診断され。更に精神科に入院し、別の病名が付き。

退院し、しばらく経ち、病状は安定しているらしい。

激しい落ち込みも、激しい悲しみも、今は感じない。

緩やかな落ち込み、緩やかな悲しみに変わっている。

 

3番目の子どものことで、私の人生を変えた。がらりと変えた。

長女にも影響があった。長女の生活も変わった。

旦那とは心が離れた。離婚の話は何度か出たが、今でも結婚生活を続けている。

 

そして3番目の子どもは、私に、心の病気を気付かせてくれた。

 

最近になって、そのことに思い至り、私は少し、救われたような気持ちになった。

中絶をした。そうしたら後悔や絶望や、マイナスの言葉だけが生まれた…しかしそれだけではなかった。

結果的に、私を生かしてくれようとした。よりよく。

 

私のダウン症の子。

 

 

少し長い記事を書くと疲れる。クラクラしてきた。