『傷を愛せるか』

宮地尚子

ちくま文庫


精神科医である宮地尚子さん。

臨床をおこないつつ、トラウマや

ジェンダーの研究もされている。


「傷を抱えながら生きるということについて

学術論文ではこぼれおちてしまうような

ものを、すくい取ってみよう」

という思いで書かれたエッセイたち。


日常の中や旅先、アメリカ滞在で紡がれた

言葉は、静かに、優しく心を包み込む。


大人になっても、専門知識や技術を

身につけた医師となっても、自分が

無力であることを思い知らされながら

宮地さんは人々の傷と向き合う。


胸が締め付けられるような思いで

読んだのは、題名ともなっている

「傷を愛せるか」

ベトナム戦没者記念碑について

書かれたエッセイ。

記念碑はアメリカの首都ワシントンDCに

ありますが、一般の記念碑のイメージとは

全く異なるもの。

黒い御影石で造られ、傾斜面の地表より

低いところに、土にのめり込むように

建てられている。

まるで見下げられているように。

それを見た宮地さんは「ほんとうの傷

曝されたままの傷だ」と感じたのだそう。


傷は個人だけのものではなく

国にも歴史にもあるのだと

改めて思う。


「空は広く、道はない。紆余曲折。

試行錯誤。なんでもいい。それでも

行きたいと思っていた方向に

いつか人生は収束していくのだと、

どこかで深く信じていたい」


「傷がそこにあることを認め、受け入れ

傷のまわりをそっとなぞること。

身体全体をいたわること。ひきつれや

瘢痕を抱え、包むこと。さらなる傷を

負わないよう、手当てをし、好奇の目からは

隠し、それでも恥じないこと。傷とともに

その後を生き続けること。

傷を愛せないわたしを、あなたを、

愛してみたい。

傷を愛せないあなたを、わたしを、

愛してみたい」


もっと早く出会いたかった本

また読み返したいと思う本


ちなみにこちらは増補新版です。

興味を持たれた方は、単行本ではなく

こちらをおすすめしますニコニコ