フォーギブネス。


直訳すると、許すこと。


英語の世界では、ラブと同じくらい頻繁にでてくる言葉、言い回し。


まだ「受け入れる」ならわかるけど、日常的な「許す」、って感覚、いまいちピンとこない。


怒ったことも、いやだなと思ったことも、イラッとしたことも、大小さまざま、もちろんある。

しかし、許す、という感覚になったことがない。

だからといって、そのネガティブな感情をキープしてるわけでなく、そのまま忘れちゃった、とか時間とともに薄れて流れて、許すだなんて、そんなたいそうな感覚に落ちない。


まあ、たいした経験をしてないだけかもしれないけど。


とりあえず、フォーギブネスにしっくりくる日本語はないんだろうな、と解釈して月日は流れる。


そんなことも忘れかけた、
33歳と7ヶ月の夜、
フォーギブネスを知る。


また、あの頃の話題でもめてしまう。

自分に非はないのに、つらくてしょうがないのに、がんばって耐えたというスタンスの私と、
そういうこともあったけど、いつまでも言われたくない彼。


なにかの折りにでてきてしまうこの話題。


しかし、はげしい言い争いの中で気がついた。


今、彼は毎日働いて、きちんとお金をいれてくれる。
その行動で示してくれていることがすべてだよね。


言葉じゃなくて、行動で示してくれた彼に、感謝しなくては。
もう、彼を責めてはいけない。


この話はもうださないね、
そう伝えたら、突然思い出した。

あー、わたし許してる。
これがフォーギブネスか。