前回、リンゴを輸出するのに、昭和の時代に枠があった事を紹介しました。

 やがて、貿易の自由化が進み、日本から台湾へのリンゴ輸出にも2千トンまでの拡大から始まり制限なしになりました。

 その変化は、貿易統計を見ればわかります。

 特に、台湾向けが大きく伸びています。

 現在も、その地位は変わりありません。

 その要因の一つは、幕末明治維新の頃の出来事も関わっています。

 津軽の歴史に詳しい方ならご存じの山田良政、純三郎兄弟の事です。

 台湾は、孫文が主導した中国革命で誕生した「中華民国」、その政治活動に参加した津軽藩の若き武士の山田兄弟への思いは今でも台湾人の方に語り伝えられており、その碑が、青森県弘前市新寺町の浄土宗貞昌寺にあります。

 命日供養には台湾からも政府関係者や日台親善交流関係者など多くの人が訪れています。

 日本は田中角栄総理の時代に台湾との国交断絶をしましたが、台湾と青森県との関係は変わりなく、むしろもっと強く結ばれ、青森県と台湾の官民交流は盛んに行われております。

 この原稿を書いていたら、以下の記事を見つけたので紹介します。

 

 

 

 

台湾で「国父」と称えられる孫文が映画化

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【りんご雑学帳22】 21号

青森りんごが台湾で人気がある背景に、弘前と孫文が深い縁で繋がっていることを知っていますか?

孫文の自叙伝の一節に「中国革命に尽くして終生怠らざりし者に、山田兄弟、宮崎兄弟、菊池、萱野がある(「請孫文再来」より)」と記され、山田兄弟と菊池の3人は弘前出身で、特に山田兄弟については、弘前市新寺町にある「貞昌寺」の境内に、孫文が書いた良政の碑と蒋介石が書いた碑があり、桜が咲く時期に毎年、日本と台湾の関係者が集まり友好拝礼祈願が行われています。

こうした活動を地元では「青森県日華親善協会」などが行い、その縁が台湾の政財界との接点になり、昭和47年の台湾との国交断絶の後も青森県との友好関係は維持されてきて、今日の大量取引に繋がっているのです。

 

 

 

台湾では、中華民国建国100年を記念して、孫文をテーマにした記録映画が作られることになったというニュースを見つけましたので、関連情報として紹介します。

 

 

 

【2010年8月21日 毎日新聞】

―― 「孫文」天真らんまんな無知か ――

【台北・大谷麻由美】台湾の馬英九政権が来年の「中華民国建国100年慶祝活動」の一環で製作を進めている近代中国の革命家、孫文の記録映画に関し、人物像の描き方で激論が起きている。「天真らんまんな無知」とも評された人間・孫文を描くか、偉大な革命家の立場を強調するか。映画完成まで議論が続きそうだ。

 来年は中国・清朝の打倒につながった1911年の辛亥革命から100年。翌12年1月1日の中華民国の成立から100年目に当たる。台湾では、中華民国の初代総統に就任した孫文を「国父」と呼ぶ。

 孫文の記録映画には公的資金2000万台湾ドル(約5300万円)が投じられる。映画製作を主管する建国100年基金会の製作顧問で女性作家の平路氏は、台湾メディアに対して孫文を「レーニンに笑われた天真らんまんな無知」「情熱的だが抽象的な思考に欠ける」と分析。一方で「その生命の特徴は若者を感動させる」と語り、。映画で孫文を多元的、人間的に描く考えを示した。これに対し、孫文研究の専門家、胡仏・台湾大学名誉教授と弟子の周陽山・監察委員が「軽佻な分析で、孫文を侮蔑している」と批判。公的資金で製作する映画としては「妥当でない」と指摘した。

 台湾では国民党の独裁時代、蒋介石・蔣経国の両総統を神格化し、民衆の反感を買った歴史がある。今回の映画製作では孫文の神格化を警戒する意見は多い。

 

孫文の自叙伝の一節に「中国革命に尽くして終生怠らざりし者に、山田兄弟、宮崎兄弟、菊池、萱野がある(「請孫文再来」より)」と記され、山田兄弟と菊池の3人は弘前出身で、特に山田兄弟については、弘前市新寺町にある「貞昌寺」の境内に、孫文が書いた良政の碑と蒋介石が書いた碑があり、桜が咲く時期に毎年、日本と台湾の関係者が集まり友好拝礼祈願が行われています。

こうした活動を地元では「青森県日華親善協会」などが行い、その縁が台湾の政財界との接点になり、昭和47年の台湾との国交断絶の後も青森県との友好関係は維持されてきて、今日の大量取引に繋がっているのです。

 

台湾では、中華民国建国100年を記念して、孫文をテーマにした記録映画が作られることになったというニュースを見つけましたので、関連情報として紹介します。

 

【2010年8月21日 毎日新聞】

―― 「孫文」天真らんまんな無知か ――

【台北・大谷麻由美】台湾の馬英九政権が来年の「中華民国建国100年慶祝活動」の一環で製作を進めている近代中国の革命家、孫文の記録映画に関し、人物像の描き方で激論が起きている。「天真らんまんな無知」とも評された人間・孫文を描くか、偉大な革命家の立場を強調するか。映画完成まで議論が続きそうだ。

 来年は中国・清朝の打倒につながった1911年の辛亥革命から100年。翌12年1月1日の中華民国の成立から100年目に当たる。台湾では、中華民国の初代総統に就任した孫文を「国父」と呼ぶ。

 孫文の記録映画には公的資金2000万台湾ドル(約5300万円)が投じられる。映画製作を主管する建国100年基金会の製作顧問で女性作家の平路氏は、台湾メディアに対して孫文を「レーニンに笑われた天真らんまんな無知」「情熱的だが抽象的な思考に欠ける」と分析。一方で「その生命の特徴は若者を感動させる」と語り、。映画で孫文を多元的、人間的に描く考えを示した。これに対し、孫文研究の専門家、胡仏・台湾大学名誉教授と弟子の周陽山・監察委員が「軽佻な分析で、孫文を侮蔑している」と批判。公的資金で製作する映画としては「妥当でない」と指摘した。

 台湾では国民党の独裁時代、蒋介石・蔣経国の両総統を神格化し、民衆の反感を買った歴史がある。今回の映画製作では孫文の神格化を警戒する意見は多い。

 

 

 私のブログも、そろそろ最終章になります。

 リンゴ業界から離れて10年、人も代わり環境も変わりました。

 コロナ禍の影響で海外との取引が制限される中、青森リンゴは元気です。

 ここに至るまで、有名無名の別なく多くの人が頑張ってきた成果だと思います。

 私も昭和の時代に生きて少しは頑張ってきました。

 当時の事を知る一人です。

 このブログに書いた原稿から残したい記事を復刻してみました。

 

 2018-07-10 19:25:25

 

りんご輸出枠があった昭和の時代【N-6号】

【リンゴ雑学帳N6号

 

 昭和43年(1968年)に発行された「東南アジアとリンゴ市場」には、最終章に「ワクのないかなしさ」から始まる段落に、通産省が昭和30年(1955年)10月に「輸出入取引法」に基づく省令を公布し、東南アジアに輸出するリンゴにワクをはめてしまった――事が書かれています。

 その省令により、毎年、通産省の部会で年間輸出総量を決め、過去3ヶ年の輸出実績によって各商社に割り当てられていたのです。

 この本が発行された昭和43年(1968年)当時は総枠が1,072,800箱(19,310トン)、うち、80%は神戸の商社5社(神戸洋行、関西貿易、山本貿易、富永貿易、神果貿易)が独占していました。残りのうち、青森県では永井商会(浪岡)と県りんご輸出協会で、合わせても3万箱(570トン)しかなかったのでした。

 その年、青森港からは381,500箱(6,867トン)が輸出されたとの事です。35万箱は神戸の商社の枠、1箱に20セント(72円)のマージンを支払ったのです。252万円を神戸の商社に支払いつつ、青森県の「りんごや」は頑張ってリンゴを輸出していた時代があった事を、この本から読み取れます。

 昭和48年(1973年)に省令は廃止されました。

 平成15年(2003年)に中国と台湾がWTOに加盟してからは飛躍的に輸出を伸ばし今日では3万トンまで達成、4倍に至っています。

 

 

鍛 恒雄(きたえ・つねお)さんは、1922年(大正11年)3月生まれ、98歳で、業界の最長老。

1989年(平成元年)7月から1994年(平成6年)7月まで弘前りんご商業協同組合の理事長を務めた

ほか、青森県りんご対策協議会の専務理事【1988年(昭和63年)6月~1992年(平成 4年)8月】、青森県りんご輸出協会の理事、弘果りんご買参人共進会の会長など、業界各団体の要職をこなしてきた方です。

詳細は、りんご大学のHPから、「我ら林檎人」をググって見てください。

 

前回のブログで、筆者は組合の冷蔵庫で勤務していた話をしました。

鍛さんはそこの組合の理事をしていて、当時はまだ普及していなかった「CA冷蔵庫」の建設を提案し、本格的な大型りんご専用CA貯蔵の先鞭をつけるきっかけになりました。

その後、この組合のCA冷蔵庫を参考にして、キタエアップルがCA冷蔵庫を建設。

施工業者も従来の防熱工事のみの冷蔵庫から、気密工事を加えたCA冷蔵庫建設に取り組み、後発のメーカーであった「フジプラント」が、今では業界のトップの施工業者になるなど、昭和60年(1985年)頃からの建設ラッシュは凄まじいものがありました。

フジプラントの社長、藤崎和夫さんは、第33回木村甚弥章【2007年(平成19年)】を受章しています。

詳細は、青森県りんご対策協議会のHPから検索して見てください。


今回は、かつて私がりんご貯蔵の仕事で関わりのあった方から、昔を思い出して書いてみました。