2013年9月1日から14日まで2週間、スリランカにいました。
「福岡県国際協力リーダー育成プログラム」に参加したためです。

プログラム概要:
福岡県内の大学生等を対象に、国連ハビタット現地プロジェクトでの支援活動、国連ハビタット現地事務所等での講義や意見交換を体験する。
プログラム目的:
将来、国際協力活動を行うことができる人材を育成すること。

このプログラムに参加したきっかけは、ゼミ担当教授からの紹介です。
夏に海外に行きたいと考えていたので丁度よいと考えて
小論文、面接を経て参加が決定しました。

友人方々にも「後でブログで報告する!」とか言ってたので
大分遅くなりましたが簡単に報告します。

実は帰国直後に「団員レポート」なるものを書いていたので、
それをそのまま転記したいと思います。
本当に帰国してすぐに書いたのでよりリアルなはず。

時間のある方は読んでみてください。
かなり長いです。笑

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 スリランカで見た「援助」の形

北九州市立大学外国語学部4年

伊東洋平

 あなたはスリランカという国をご存知でしょうか。南インド東南に浮かぶ島国、雫の形をした"輝ける島"。その島の歴史は古く、紀元前2世紀に北インドからシンハラ人の先祖にあたる人々が王国を築きました。その後南インドからのタミル人たちの移住もあり、現在同国の民族はシンハラ人とタミル人が多くを占めます。

 16世紀以降、大航海時代を迎えるとアジア貿易の拠点としてポルトガルやオランダといった強国の支配を受けますが、19世紀には正式にイギリスの植民地となって紅茶プランテーションが栄えます。この紅茶栽培が、現在世界シェア20%を誇るスリランカの基幹産業となりました。1948年の独立時点では国名を"セイロン"としていましたが、ナショナリズムの高まりから1972年に"スリランカ"という国名に改称して今に至ります。

 国民の7割が上座部仏教を信仰し、また島国であるということから、隣国インドとは異なる敬謙な国民性を感じ、日本人の私からすればどこか懐かしさすら覚えました。1951年のサンフランシスコ講和会議ではジャヤワルダナ蔵相(後の初代大統領)が仏陀の言葉を引用し、日本への戦後賠償請求権を放棄したことも有名です。以後日本と国交を初めて正式に結んだ国がスリランカであり、実は両国は昔から深い関係を築いてきました。

 このように古い歴史を持ち日本とも深い関係を持つ小さな島国スリランカにおいて、21世紀を跨いで二つの重大な出来事が発生します。一つは1983年から2009年まで26年間にも及んだ内戦、もう一つは2004年12月26日に発生したスマトラ沖地震による津波被害です。前者の内戦はシンハラ人とタミル人の対立で、およそ7万人の死者と数十万人の国内避難民を出しました。特に北部地域では多くの住宅設備や社会インフラが戦闘により破壊され、それらの迅速な再建が急務となりました。後者の津波被害では南沿岸部を中心に3万5千人以上の死者出し、加えて80万人以上の人々が家を失ったとされています。

 今回私が参加した「国際協力リーダー育成プログラム」では、北部の内戦復興と南部の災害(津波)復興それぞれのプロジェクト視察を始めとして、諸地域の「社会インフラ」や「コミュニティ」の再建事業の現場を訪れることになりました。およそ2週間、北はキリノッチ、南はゴールまで、そこで働く人々や生活する人々との対話や触れ合いは、これまでにない大変貴重な経験となりました。

 そこでその成果として本プログラムで学んだことを、「現場目線の支援(形態)を軸に「支援する側」と「支援される側」二つの側面から以下に示したいと思います。そして最後に、今回のプログラム参加から見えてきた私自身の将来展望と全体の感想を記して、本レポートの結びとさせていただきます。

 まず「援助する側」について。ここでは特に日本大使館とJICA訪問に焦点を当てます。私自身、国際関係学科に所属しており、日々の勉強の中で、ODAといった国による援助に対して懐疑的な考えを持っていました。というのも、国の政策として行われる以上は「国益」が最重要事項にあたり、「現場が本当に求めている援助は出来ていないのではないか。」と感じていたからです。本プログラムでは日本による対スリランカ援助のある種現場と言える日本大使館とJICAを訪れて、そこで働く方々と直接お話することが出来ました。

 在スリランカ日本大使館では外務省の資料を基に対スリランカ援助の方針や実績を伺い、質疑応答を行いました。やはり、日本国としての利益を確保するための援助という側面は説明の中に十分にあり、国の援助自体は国益本意であることを再認識しました。

 次に訪れたJICA(ODA特に二国間援助を取りまとめる)でも活動内容を伺い、質疑応答を行いました。職員の方もODAについて「ハコモノ援助」と批判されていたことに触れ、それでも現地でしっかりとした調査を行い、より効果的な援助内容を心がけているとお話されていました。このことは私の中でもはっとするところがあり、「ODA自体は国益本意でも、現地で働く人はその枠組みの中で出来るだけ人の役に立つ援助をと考えている。」ということが認識出来、さらに支援をする側、特に資金を現地で実際に使う方々としては、その資金が税金であれ、「現地のニーズにしっかりと応えようとしている。」ことがわかりました。

 次に「援助される側」について。特に援助方法に焦点を当てます。本プログラムの中で様々な援助形態を見てきました。その中で特に印象に残っているものが二つあります。一つは、キリノッチ内戦復興支援での、現地コミュニティや各個人を内部からエンパワーする、"人"に焦点を当てた「People's Process」です。もう一つはゴール災害(津波)復興支援で、被災者の再定住先として村自体を新たに作り、それを外部から提供するものです。

 後者ゴールでの支援形態は「ハコモノ援助」として批判を浴びることも多く、それとは逆に、人に焦点を当てて自立を促す「People's Process」が最良の援助形態であると始めは感じることが多くありました。しかし両支援形態を実際に見て、現地の人々の話を聞いてみると、どちらでも「ありがとう、ハッピーだ。」との言葉が返ってきます。もちろん後者では、過剰に援助を行った場合、人々の自立を妨げる「援助漬け」という事態が生じるケースもありますが、それはあくまで"行き過ぎた"場合の話です。津波災害のように短期的で緊急性の大きいケースではある種の「ハコモノ援助」も許容されるべきだと感じました。内戦復興然り、災害復興然り、様々な事例がある中で、どの援助形態が絶対ということはなく、それぞれのケースで「本当に現場で求められている」最適な方法をとるべきだと感じ、援助形態に対する考えが広がりました。

 最後に、私の今後の展望と全体の感想記します。自身の将来を考える上で一つキーワードになるのが「専門性」です。今回、それこそが国際協力の最前線で働く方々にあって、自分にないもの(課題)だと感じました。来年度から鉄鋼商社で働くことが決まっていますが、将来的には国際機関で働くことも視野に入れている身です。そこで、20代のうちに開発やマネジメントといった文系分野の修士号を海外で取得したいと考えています。その後は、国際機関であれ、民間企業であれ、その専門性を生かした仕事についてさらなる実務経験を積むことが出来ればと思います。「世界を舞台に活躍する。」という昔からの夢をより高いレベルで実現するために今後もより一層精進するつもりです。

 本プログラムでは上述のように、学部で学んでいる内容を現場に出向いてより深く知ることが出来、また国際機関で働く方々との交流によって自分の将来について改めて考えさせられました。2週間という短い期間ではありましたが、その期間はこれまでの人生の中でも大変濃いものとなったことは言うまでもありません。このプログラムを現地スリランカでアレンジしてくださった敬子さん、県職員(並びに一研修メンバー)として最初から最後まで国内外で面倒を見て頂いた成田さん、現地研修中も日本から暖かく見守ってくださっていた坪根さん、様々な苦楽を共に過ごした研修メンバー、のりちゃん、早央里、藍、芙美、舞子、敦美、そしてこのプログラムに関わってくださった全ての人にこの場を借りて感謝申し上げます。本当にありがとうございました。

以上

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一つ前の記事にも書きましたが、大学生活、残り半年です。
その限られた時間でやりたいことを書いてみます。

①海外旅行
やっぱこれですね。
言語も宗教も文化も人種も異なる海外のワクワク感がたまりません。
今のところ、
・南米周遊(ボリビア、ペルー、エクアドル)
・東南アジア周遊(マレーシア、ラオス、ベトナム、カンボジア)
・北欧オーロラ観賞(フィンランド、ノルウェー、デンマーク)
・友人のフィリピン語学学校(バギオ)でインターン
・スリランカ国際連合人間居住計画でインターン

あたりを候補として考えています。
2、3個は実現したいですね。

②語学
特にやっておきたいのは中国語とスペイン語。
中国語は言わずもがな、需要があります。
加えて、大学で2年間勉強してるので何となくいけそそうな気がするんです。
スペイン語は中国語と同じく需要がありますし、何より南米に行きたいから!
一つずつコツコツやります。スペイン語→中国語の順番ですかね。

③読書
内定式で「本を読め。」と言われました。
教養ある大人になりたいと思います。

④遊ぶ
もしかしたらこれが一番大事かもしれない。
とにかく、遊ぶ。

「やりたいこと」はこんな具合ですね。
「やらなければならないこと」も沢山ありますが、
まあ頑張りたいと思います。笑
さてさて久しぶりにブログを書きます。
気付けば大学4年生、残り半年の学生生活となりました。

このタイミングでブログを再開した理由は、
①学生を終える前に自分の考えや経験をアウトプット出来たらと思ったから
②今の考えを文面で残しておいてみたいから
といったろころ。

カテゴリに分けて少しずつ書いていくつもりです。
今考えているのは、就職活動、受験勉強、留学、読書、ラーメンなどなど。
まあ気長にやります。笑

以上、よろしくお願いします。