親戚が送ってくれたNHK大河ドラマ「龍馬伝」を
やっと、やっと、3回目まで一気に観たってんですよ。
最近、敬愛する勝海舟に関する書籍なんかが増えたような
気がすると思っとったんですが、それも、これも
龍馬ドラマのおかげだったんだと、やっと、やっと
わかりましたガラパゴス在住隠居でございます。
いえね、まぁ、龍馬さんの方は、昔っから
ずーっと人気でして、小学生時代だったか
やっぱし大河ドラマで、龍馬やっとりまして
最終回の暗殺シーンで、
龍馬さんが、切られた後、這いながら
「生きたい」
ってぇ名セリフを繰り返すところに、
(実際は、即死だったと、伺いましたが)
母が
「生きたいってんだから生かしてやりゃぁいいじゃないかぃっ」
ってぇ激怒しとったのが、
歴史物の原点ってなっちまったってんですよ。
そういや、
「人の気配がする」
ってセリフでも、母は、
「やっぱし昔のおサムライさんは、違うねぇ」
って感心しとったんですが、横で
「母ちゃん、これ、ドラマだから。
実際どうだったかなんか分からねぇじゃねぇか」
って答えましたら
歴史物ってのは史実に基づいてんだから、なんてな意味の
答えをされましてね、あぁ、そうか、NHKだもんなぁ
噓はつかねぇだろうよ、なんて、納得したもんでございます。
えぇ、えぇ、NHKの歴史物なんですから
噓は付きませんでしょう。
終わりと始まりの(クレジット部分)
「時代考証」の文字が神々しく輝いていた時代でございます。
而して、現在、
NHK大河ドラマといえども、まずは視聴率
ってぇことで、随分、変わったもんでして、
いえ、実は、昔も、思いっきりドラマだったんですがね
なんとなく、普通のドラマとは、ちょぃと違う、なんて
思わされてたんですが、最近の大河ドラマってぇのは
思いっきりドラマ、エンタメ化したんじゃぁないでしょうか。
史実の人物を、
現代の感覚に合うように描き
それで視聴者が楽しめ
また歴史に関心を持つ様になれば
目出度い事なんでございましょう。
実際に、ドラマとしては非常に面白ぅございますから。
ただ、この様な「偉人伝」で、
いつも、どうも、妙に、納得いかねぇのは
こういった方々が、
「偉人」という事で
よく
「普通じゃぁない」ように描かれているところでして
最近じゃぁ、これが、ひねられて
「普通っぽいけど普通じゃない」
ってな感じになっとるんですが
いえね、あなた、
確かに天才(人というよりも天才的な才能)
ってもんは存在いたしますし
その才能から生まれた様々な産物を
享受させていただく事を感謝してもおりますものの
「偉人」
ってぇもんが、
普通じゃぁないってぇ描き方にゃぁ
納得できないんでございます。
何故なら、そこに
「素晴らしさ、優れる事」即ち「普通ではない」
ってな公式みたなもんを感じるからでしてね
まぁ、「非凡な才能」ってぇ申しますが、
非凡な成就には、努力要素や環境や運命も
大きく関係しとりますわけで
非凡な努力をして非凡な結果を残すおかたが
元から非凡ってぇわけじゃぁねぇんじゃぁございませんかね?
偉人も、出発点は、皆、普通。
しかし、
努力や、
運の掴み方が
普通じゃぁなかった
時代や環境もちょうど良かった、
なんってぇ、
様々な要因の組み合わせなんだと思います。
(その中でも、方向の誤っていない努力は特に重要でしょうが)
しかしながら、昨今は、どうも
「普通じゃぁない努力」をする事なく
「自らを普通じゃぁない」と
思いたがるお方が
少なくないように感じましてね
それが、こうやって
坂本龍馬の様な偉人が
幼少時はともかく、
若い頃から「普通じゃない」人
として描かれる事で、さらに、
視聴者の
「普通=ダメ」意識
或いは
「普通でもいいじゃないか的開き直り」
を、強めているんじゃぁないか、なんて思っちまいますよ。
歴史ドラマの時代の方々が
「普通じゃない」のは、あなた、そら
あの時代、普通で満足なんて安住してたら
命が危なかったですからね。
どの時代だって、所謂、英雄、偉人が
生まれる時代ってのは
「普通が命とり」だったわけでして
みな生き残る為に
「必死で普通じゃぁない努力」をしたんでしょう。
つまり偉人ってぇのは、サバイバーなわけでして
本人の
性格やら人格やらが
「普通」じゃぁないんじゃぁなく
「努力」や「経過」が普通じゃぁないって
事なんじゃぁございませんかね?
長々と申し上げちまいましたが、
どうも、昨今の、
ブログでの様々な方々の
「いかに自分は普通じゃぁないか」
てな一種の顕示欲やら
「子どもを、如何に、普通じゃなく育てるか」
ってな幼児教育の話なんかを拝見しますと
どうも
「普通でいても生きていける時代」を
作るために
命を捧げた
偉人と無数のご先祖様は
一体、なんってぇ思ってらっしゃんのかぃな、
等と複雑な心持ちになるってぇもんです。
普通でいいじゃないかと開き直って
努力しないってぇのは、
個人的には感心いたしませんが
肝心の努力はせず
「普通にみえないように・普通と思われないように」
と粉飾する傾向ってぇもんを
どうも、ネットからも、こういったドラマや
Twitterからも、ひしひしと感じてしまう今日この頃でございます。
=====
さて、実は、最近、
非常に忙しくなってしまいまして
さぼりまくり手抜きしまくっておった
(元から手抜きじゃぇねぇか、というお小言はおいといて)
このブログも、ちょぃと、小休止いたす次第にございます。
おそらくペタ返しも出来なくなります。
ただ、Twitterは、情報収集にも便利ですし
語学刺激にもなりますんで
(現在はドイツ語やスペイン語や朝鮮語(笑))
細々と続けて参る所存でございます。
「あいつ、どうなったかねぇ、しばらく見掛けねぇが
お陀仏になったかねぇ」
なんて、ご心配(笑)くださるかた は、どうぞ
http://twitter.com/iPadMulti
ツイッター・ユーザー名iPadMulti
Multi マルチ(老眼にもiPad)
まで、
お越し頂ければ感激至極に存じます。
そいじゃぁ、これにて失敬つかまつります。
やっと、やっと、3回目まで一気に観たってんですよ。
最近、敬愛する勝海舟に関する書籍なんかが増えたような
気がすると思っとったんですが、それも、これも
龍馬ドラマのおかげだったんだと、やっと、やっと
わかりましたガラパゴス在住隠居でございます。
いえね、まぁ、龍馬さんの方は、昔っから
ずーっと人気でして、小学生時代だったか
やっぱし大河ドラマで、龍馬やっとりまして
最終回の暗殺シーンで、
龍馬さんが、切られた後、這いながら
「生きたい」
ってぇ名セリフを繰り返すところに、
(実際は、即死だったと、伺いましたが)
母が
「生きたいってんだから生かしてやりゃぁいいじゃないかぃっ」
ってぇ激怒しとったのが、
歴史物の原点ってなっちまったってんですよ。
そういや、
「人の気配がする」
ってセリフでも、母は、
「やっぱし昔のおサムライさんは、違うねぇ」
って感心しとったんですが、横で
「母ちゃん、これ、ドラマだから。
実際どうだったかなんか分からねぇじゃねぇか」
って答えましたら
歴史物ってのは史実に基づいてんだから、なんてな意味の
答えをされましてね、あぁ、そうか、NHKだもんなぁ
噓はつかねぇだろうよ、なんて、納得したもんでございます。
えぇ、えぇ、NHKの歴史物なんですから
噓は付きませんでしょう。
終わりと始まりの(クレジット部分)
「時代考証」の文字が神々しく輝いていた時代でございます。
而して、現在、
NHK大河ドラマといえども、まずは視聴率
ってぇことで、随分、変わったもんでして、
いえ、実は、昔も、思いっきりドラマだったんですがね
なんとなく、普通のドラマとは、ちょぃと違う、なんて
思わされてたんですが、最近の大河ドラマってぇのは
思いっきりドラマ、エンタメ化したんじゃぁないでしょうか。
史実の人物を、
現代の感覚に合うように描き
それで視聴者が楽しめ
また歴史に関心を持つ様になれば
目出度い事なんでございましょう。
実際に、ドラマとしては非常に面白ぅございますから。
ただ、この様な「偉人伝」で、
いつも、どうも、妙に、納得いかねぇのは
こういった方々が、
「偉人」という事で
よく
「普通じゃぁない」ように描かれているところでして
最近じゃぁ、これが、ひねられて
「普通っぽいけど普通じゃない」
ってな感じになっとるんですが
いえね、あなた、
確かに天才(人というよりも天才的な才能)
ってもんは存在いたしますし
その才能から生まれた様々な産物を
享受させていただく事を感謝してもおりますものの
「偉人」
ってぇもんが、
普通じゃぁないってぇ描き方にゃぁ
納得できないんでございます。
何故なら、そこに
「素晴らしさ、優れる事」即ち「普通ではない」
ってな公式みたなもんを感じるからでしてね
まぁ、「非凡な才能」ってぇ申しますが、
非凡な成就には、努力要素や環境や運命も
大きく関係しとりますわけで
非凡な努力をして非凡な結果を残すおかたが
元から非凡ってぇわけじゃぁねぇんじゃぁございませんかね?
偉人も、出発点は、皆、普通。
しかし、
努力や、
運の掴み方が
普通じゃぁなかった
時代や環境もちょうど良かった、
なんってぇ、
様々な要因の組み合わせなんだと思います。
(その中でも、方向の誤っていない努力は特に重要でしょうが)
しかしながら、昨今は、どうも
「普通じゃぁない努力」をする事なく
「自らを普通じゃぁない」と
思いたがるお方が
少なくないように感じましてね
それが、こうやって
坂本龍馬の様な偉人が
幼少時はともかく、
若い頃から「普通じゃない」人
として描かれる事で、さらに、
視聴者の
「普通=ダメ」意識
或いは
「普通でもいいじゃないか的開き直り」
を、強めているんじゃぁないか、なんて思っちまいますよ。
歴史ドラマの時代の方々が
「普通じゃない」のは、あなた、そら
あの時代、普通で満足なんて安住してたら
命が危なかったですからね。
どの時代だって、所謂、英雄、偉人が
生まれる時代ってのは
「普通が命とり」だったわけでして
みな生き残る為に
「必死で普通じゃぁない努力」をしたんでしょう。
つまり偉人ってぇのは、サバイバーなわけでして
本人の
性格やら人格やらが
「普通」じゃぁないんじゃぁなく
「努力」や「経過」が普通じゃぁないって
事なんじゃぁございませんかね?
長々と申し上げちまいましたが、
どうも、昨今の、
ブログでの様々な方々の
「いかに自分は普通じゃぁないか」
てな一種の顕示欲やら
「子どもを、如何に、普通じゃなく育てるか」
ってな幼児教育の話なんかを拝見しますと
どうも
「普通でいても生きていける時代」を
作るために
命を捧げた
偉人と無数のご先祖様は
一体、なんってぇ思ってらっしゃんのかぃな、
等と複雑な心持ちになるってぇもんです。
普通でいいじゃないかと開き直って
努力しないってぇのは、
個人的には感心いたしませんが
肝心の努力はせず
「普通にみえないように・普通と思われないように」
と粉飾する傾向ってぇもんを
どうも、ネットからも、こういったドラマや
Twitterからも、ひしひしと感じてしまう今日この頃でございます。
=====
さて、実は、最近、
非常に忙しくなってしまいまして
さぼりまくり手抜きしまくっておった
(元から手抜きじゃぇねぇか、というお小言はおいといて)
このブログも、ちょぃと、小休止いたす次第にございます。
おそらくペタ返しも出来なくなります。
ただ、Twitterは、情報収集にも便利ですし
語学刺激にもなりますんで
(現在はドイツ語やスペイン語や朝鮮語(笑))
細々と続けて参る所存でございます。
「あいつ、どうなったかねぇ、しばらく見掛けねぇが
お陀仏になったかねぇ」
なんて、ご心配(笑)くださるかた は、どうぞ
http://twitter.com/iPadMulti
ツイッター・ユーザー名iPadMulti
Multi マルチ(老眼にもiPad)
まで、
お越し頂ければ感激至極に存じます。
そいじゃぁ、これにて失敬つかまつります。