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buddhism and life

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「Abhidhamma Studies」

Ⅰ アビダンマの体系
 -過去から現代までのアビダンマの評価と価値-

 仏教国でのアビダンマが受ける高い評価について

 アビダンマピターカ(Abhidhamma Pitaka)は、仏陀の教えをまとめたものであり、仏陀の教えをまとめたパーリ正典(Tipitaka)の第三章に位置しています。アビダンマはその大部分が‘分類’や‘定義’で構成されています。とくに、アビダンマの中でも主要な「ダンマサンガーニ(Dhammasangani)」と「パッターナ(Patthana)」という2つの書では、体系的にまとめられた数多くの表やその表の説明が書かれています。このような部類の書物は、「読むのが困難で、理解しにくいものである」と考えている人も多いことでしょう。それにもかかわらず、上座部仏教(Theravada Buddhism)が伝わる国々では、アビダンマは長い間ずっと高い評価を受け、大切にされてきました。
 アビダンマがいかに評価されてきたのかについては、スリランカの年代記を見ればわかることと思います。10世紀、カッサパ5世(Kassapa)の時代、アビダンマピターカは“黄金の板”に刻印され、その表紙には宝石による装飾を施され、編纂されました。これはダンマサンガーニの最初の本とであり、この本は完成とともに美しい寺院の中で大切に保管されることになりました。また、11世紀、ヴィジャヤバーフ(Vijayabahu)の時代には、王が自らダンマサンガーニを学んでいました。ヴィジャヤバーフ王は早朝から国政を始めるまでの時間に、ダンマサンガーニをシンハラ語(現地の言語)に翻訳していました。(この翻訳自体は残念なことに現在では行方不明になっています。)
 さて一見すると「読むのが困難で、理解しにくい」ダンマサンガーニが、このように高い評価を受けているのはどうしてなのでしょうか?現在に至ってもアビダンマが重宝されているのはなぜなのでしょうか?私はこれからこの問いにこれから答えようと思います。
 「アビダンマがなぜ高い評価を受けているか」について考えるにあたって、まずは先入観(信仰心や猜疑心)を取り除いて考えたほうがよいでしょう。アビダンマを読むにあたって、先入観というものが私たちに、大なり小なり“盲目的な崇拝心や畏怖心”をもたらしてしまうからです。先入観を除いてアビダンマを読んでみると、私たちは「アビダンマは『人間の精神を観察すること』をまとめたものであり、アビダンマをまとめるという功績は、仏陀以外には十分にまとめあげることができないであろう」という印象を受けるでしょう。そしてこの印象は、アビダンマを徐々に理解していく過程で確信に変わっていくでしょう。
 上座部仏教では、アビダンマは仏陀の教え(buddhavisaya)として伝えられています。仏陀は、彼が菩提樹のもとで悟りをひらいた時から始まる最初の7日間の中で、4日目にこのアビダンマを作り上げました。仏教の長老達の教えでは、この最初の7日間は「宝石の家の週」(ratanaghara-sattsha)と呼ばれています。この「宝石の家」というのは非常によい比喩です。というのも、アビダンマの教えは、まるで透き通った水晶の建物のようなものであり、仏陀は、最初の7日間その家に住んでいた、という表現で現在まで伝えられているからです。