buddhism and life

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 厳密な言葉の使い方について

 歴史上の多くの哲学者達は、言葉や考え方を誰が見ても明らかになるように示すことは、現実に則して効率的に考えたりや行動するために必要不可欠な土台だと言っています。孔子も「厳密な定義は教えをまとめるために必要なものだ」と言っています。しかしながら、これまでの歴史では、人間の生き方に影響を与えるような教えが広まり、さまざまな解釈が出てくると、言葉を明確に使うことがおざなりにされるようになり、悲惨な結果や破滅の原因となってきました。
 アビダンマは科学的な側面もあるため、アビダンマで使われている言葉の定義やその意味を適用できる範囲については、重要事項としてまとめられています。例えば、ダンマサンガーニは基本的に分類や定義のための本です。また、アビダンマの第6番目の本であるヤマカ(yamaka)は、詳細で厳密に言葉の定義やその意味を適用できる範囲が記されていて、非常に手の込んだものであることがわかるでしょう。
 説法のまとめは、弟子達が日常生活の参考書とするためのものなので、日常の言葉(vohara-vacana)で、人間や人間の特性について示してあります。しかしながら、アビダンマでは、説法のまとめで使われているような言葉がより哲学的に正確な専門用語で置き換えられています。そして、自我という概念が間違っていることや、全ての物事は変化し続けるという事実について記述されています。アビダンマは、厳密な言葉で、また最も高い意図(paramattha)をもった言葉で、仏陀の教えを詳しく説明しています。
 はっきりと定義されていない言葉や、漠然とした言葉というものは、目的を達成することができない道具です。また、間違った認識によって作られた教えは様々な疑問を抱かせ、偏見を生じることになります。つまり、適切な使い方をされた言葉や厳密に定義された言葉というのものが、苦しみから解放される道(解脱)を追求するために必要不可欠な条件なのです。アビダンマは厳密な専門用語で書かれた書物であるという事実もまた、未乙須子とのできないアビダンマの特徴であると言えるでしょう。