今回は「観えるモノ」について考えてみたいと思います。

観えるモノと言っても、視覚的に見えるものではなくて

一般的に霊視と呼ばれるものです。

この見え方は観る側の資質や能力によって観えたものが異なりますが

感覚で観る人や、ビジョンやイメージで観る人、何となく観える人に分かれます。

そういう能力を専門職として仕事にしている人もいるようですが、

私個人的には観られたからといって、何が変わるものではないと思っています。


観られた人の中には、気持ちの悪いモノが観えたと言われて動揺する人も

いますが、クライアントを不愉快にするモノが観えたことを、そのまま

伝える人ってどうなんでしょうかね。

セラピストとしては失格だと思いますがね。

例え、観えたモノが気持ちの悪いものであったとしても

良いセラピストはクライアントを不愉快にする発言はしないものです。


ダークな世界や暗黒の世界の何かが観える人は

ダークや暗黒の世界に意識を向け、チャンネルを合わせています。

ですからそれらの人々は光の存在や意識に波長が合わないのです。

反対にレイキなどは光のエネルギーそのものですから

真面目に取り組んでいる実践者は光の存在や光の中の意識に

心が向きます。光の存在にチャンネルを合わせているからです。


今、暗黒の世界に興味が魅かれている実践者は

暗黒の世界にチャンネルが合っています。

これは意識を光の存在に向けるだけでチャンネルが切り替わります。

例えば「太陽」を心の中でイメージしてもいいですし、

呼吸法等で光が吸い込まれ身体の中を照らし、

吐く息とともに暗黒の部分が吐き出されるというイメージで瞑想をするのも

いい事です。


黒い液体がいっぱいまで入ったコップに、

少しずつ綺麗な水を注いでいくと、最初は混ざったままですが

段々とコップの中の水が綺麗な水に替わっていきます。

エネルギーの世界では、良い悪いの基準はないと云われています。

良い悪いを決めているのは自分自身なのです。

他人が幾ら悪いモノが憑いている云い張っても、

ご自分の意識が光の方を向いている限り闇にひき込まれることはありません。


簡単に言うと、闇と光とを、悪と善とを判断してるのは

その実践者の脳内の出来事です。

妄想といってもいいかも知れません。

教えられた事を忠実に面倒がらずに行えば必ず結果はでます。

知識的には知っていても実行できないのは怠惰な心があるからです。

レイキは修行不要で誰でもが実践できる技法です。

ですが、ある域を極めるためには日々の地道な訓練は必要です。


武術でもテキスト見たからといって実戦では戦えないのと同じです。

ある域に達するためには、常日頃からの訓練が必要ですね。

誰でも入門してすぐに有段者になれないのと同じなんです。


光の中を歩むのか、闇の中を歩むのかは個人の考え方ひとつです。



少しはお役に立っていますか^^。。。